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菓子男異邦箱由来 1

サク、サク、サク。
薄暗い部屋である。
カーテンまで閉め切っているとはいえ、昼のことだし、電灯もつけてあり、実際に暗いわけではないのだが、その部屋はどうにも薄暗いという印象を抱かせた。
それというのも部屋の壁という壁全面に天井までとどく棚をしつらえてあって、そこにフィギュア、漫画、あるいはレーシングカーの模型、ふるいアニメのブリキのおもちゃ、グロテスクな宇宙生物のフィギュア、そういったものが大量に並べられていたからだ。この山脈からの圧迫の感じが部屋の光度を下げているように感じられた。
とてつもない量ではあるが、よく見てみればきちんと整理は行き届いていた。


山脈の中心には窪地があって、さらにその中心にソファベッドがすえつけてある。
問題はこのベッドである。正確にはベッドそのものというよりは、そのベッドがおかれた異様な環境が問題だった。
ベッドをとりかこむかたちで、ちょうどアルファベットのCの形にこんもりと菓子袋がつみあげられているのだ。フィギュア類は一人で鑑賞しうる量だったが、あきらかにこの菓子は一人で食しうる量ではなかった。

そこによく肥えた男が一人、沈黙の底で、真剣なまなざしを輝かせて、横たわっていた。男の手はときおり素早くうごき、C型の山脈の一部をその所有者の口元へと運んでいる。
男はただ菓子を食っているわけではないし、沈思黙考しているわけでもない。むしろそのべったりと寝そべったしだらのない見かけとはうらはらに彼の感官は限界まで反応していた。
頭におおきなヘッドホンを装着し、小山のような腹に据えたスマートホンを、ふとい指先で器用にすばやく操作していた。ゲームに夢中なのである。
高性能のヘッドホンからは音漏れはない。部屋は森閑としていて、ひととおりゲームの場面が落ち着くたび、男の口に運ばれる菓子類の咀嚼音がイヤに響いた。

『……こうして戦いは終わった……しかし、ダガルクスは滅びたわけではない……人々に光の心があるかぎり、その影の部分は存在するのだ……人々がその影と向き合わぬ限り、ダガルクスは何度でもよみがえるだろう……』
ゲーム画面には平和な町と、そこに眠る赤子、そしてその赤子の背後の影が描かれて、FINの文字が浮かんだ。

「いや、名作ですよ。やはりこれは」
男はヘッドホンを外して大きな声で独り言をいった。
男はスマートホンをわきに置き、瞑目して、ためいきをついてしみじみと考え込んだ。そのあいだも両腕はいそがしく動き、男の口元に菓子を次から次へと運び入れていた。
そのとき、チャイムが鳴った。
瞑想をやぶられて不機嫌になるかと思いきや、男は意外にもうれしそうにむっくりおきあがり、「はいはいはい、ちょっと待ってくださいね。こちらはデブですから動きがとろくてね」と独り言をいいながら、のそのそ玄関にむかう。
配達員に上機嫌にあいさつする声が聞こえた。
すこしすると男は小箱を抱えて部屋に戻ってきた。
「これは楽しみすぎるでしょう」
箱のあちこちには見覚えのない言語らしき記号が書かれていた。国際郵便で届いたものらしい。

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