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【小説】半人半竜 吉田くん #2

前話


       *         *         *

喧騒とした道をやや足早に歩く。
普段なら、曲でも聞きながらのんびりと歩いている通学路だが、やはりこの姿ではどうにも落ち着かない。
それに時間的にも余裕がないので急ぐ他ない。

幸いな事に、予備校までは徒歩で行ける距離なので公共機関を使わずに済んだ。この姿であの狭い空間に他人と一緒に入れられるのは正直無理だ。
道すがら色んな人とすれ違ったが、俺の姿を見てもあまり反応がなく少し拍子抜けしてしまった。

(あれ・・みんなそこまで驚くことじゃなかったのか?それとも仮装でもしていると思っている?)

二度見する人はいたが、声を上げて驚く人は一人もいなかった。
案外すれ違うだけなら、眼中に入らないみたいだ。かわりに犬には散々吠えられたが……

無事予備校には着き、思わず建物を見上げた。

(さて、ここからが本番なのだが・・)

ここまで来たのだから、あとは教室まで行くだけ・・
しかし、ここでなぜか躊躇ってしまう。
それもそうだ、ここに友達と呼べるような奴はほとんどいないが顔見知りなら沢山いる。
通学路で他人とすれ違うとは訳が違うのだから、気の迷いが出てしまうのは仕方がない。

(そう、仕方がない・・仕方がないなら、吹っ切れるまでだ!)

一つ息を吐き腹をくくると、勢いよく予備校のドアを開ける。
ドアの音に反応して玄関先で世間話に花を咲かせている数名の学生がこちらを振り向くと、自然と目があった。
その顔はあきらかに呆然としていて一気に静寂が訪れる。

(・・・・・・)

こういう時こそ平常心。
俺は視線を外すと、何事もなかったような振る舞いで学生たちの脇を抜ける。

(無視無視無視・・・・)

念仏を唱えながら受け付けのおばちゃんに学生帳だけを見せ足早に教室へ向かった。

(頼む、今日だけは見て見ぬ振りで見逃してくれ!)

決死の思いが学生には伝わったのか、何も反応がなく目だけは俺を追っていた。しかし、例外も勿論いた。
俺の願いは叶わず、背中に向けて声が掛かる。

「ちょいと、君」

しわがれた声音が、俺の歩みを止めた。
この場でこんな声音を出せるのは、受付のおばちゃんくらいだ。

「な・・・なぁんですか?」

思わず上ずった声で返事をしてしまい、挙動がおかしい。

「・・・・・・・それ、落としたよ」

振り返ると受付の窓から手だけが伸びていて、床を指さしていた。
その先には小さな紙切れがポツンと落ちている。

(・・・こんな紙切れ持っていたか?なにかのレシートか・・)

不審に思いながらも、まずはこの場を離れたい気持ちが強く適当にその紙切れを取ると教室へ急いだ。

その後は誰からも声が掛かることなく教室へ入ることができ、ここにきて自分の人脈の狭さに感謝しながら窓際の定席へ向かう。
教室でも視線を感じたが・・

(もう知った事ではない! 授業さえ受ければこっちのものだ!)

変に勝ち誇りながらも定席に着き一呼吸する。
別に悪いことをしている訳ではないのに、すごい緊張感でいつも以上に静寂を感じるのは気のせいではないだろう。

嫌な視線やギリギリ聞こえない小言を背中に受けながらも受講の準備を始め、バッグを足元にしまったところで握りつぶした紙切れに気付く。

(そういえば、なんだったんだ?)

紙切れの中身を確認しようとした時、俺は不意を突かれてしまった。

「おっ!大雅~、今日は珍しくギリギリだったな?」

再び背後から声が掛かり、思わず緊張が走る。
反射的に尻尾が地面を叩き教室中に地鳴りのような音が響き渡ってしまった。その音で再び静寂が教室を包んでしまったが、声の主はあまり気にかけていない様子で話を続ける。

「な、なんだよ~今日はえらく警戒してるみたいだな?驚かせたなら悪かったよ」
「別に警戒なんてしてない、ただちょっと・・」

その後の言葉が思いつかず、俺は息を呑んでしまう。

この陽気な男は、生瀬 獅童(なませ しどう)
俺と同じ予備校に通う同級生の一人。予備校で知り合っただけでそこまで仲が良い訳じゃなく、ただの顔見知りの一人。
俺と違ってそれなりに予備校生達と仲良くやっているので友達が多いと思うのだが、よく俺に声を掛けてくる。今時の陽キャみたいな奴だ。

ただ、声を掛けられたからには少しくらいこの状況を説明しなければいけない気がした・・が、色々と思考を巡らせ一言二言では到底説明が出来ない。なので説明は諦め黙るのが俺の答えだった。

「ま……まぁ、たまには遅刻しそうになる日もあるよな! それくらい気にすんなよ!遅刻したらその分残ればいいだけだしな!」
「予備校に補習なんてものはないが・・」

確かに時間ギリギリで急いでいたってのはあるが、問題はそこじゃないだろ・・まずこの姿を見てなんとも思わないのか?

・・・ん?いや、待てよ、なんで生瀬はドラゴンの姿を見ただけで俺だと分かったんだ?俺と特定できる要因はいつのもバックと腕時計くらいしか判別できないはず。

「生瀬、なんで俺がいつもより遅れて入ってきたのが分かったんだ?」
「はぁ?なんだよいきなり、意味わかんねーぞ?」
「だから!・・その・・・」

説明すればいいだけなのに、自分で言葉にすることに躊躇してしまう。

「・・?どうしたんだ今日は?なんか様子がおかしいぞ?」

いや、様子だけじゃなくて見た目もおかしいだろうが。
明らかに空想の生物が目の前にいるんだぞ?普通そっちを先に気に掛けるところじゃないのか?

生瀬の鈍感さに付き合いきれず、意を決して俺は問いかけた。

「この姿を見て、なんで俺だと分かったんだと聞いてんだよ!」

ちょっと意気込み過ぎて声が大きくなってしまう。
おかげで教室中の視線が俺へと集中しているのが分かる、あまり注目を浴びるのに慣れていない俺にとっては苦痛でしかないこの状況。
くそ・・この代償は高くつくからな・・

生瀬を睨みつけてみたが、生瀬は視線を泳がせながら答える。

「・・いやぁ・・大雅の席って、大雅以外誰も座らないから・・・」

大きな代償と変わりに返ってきた答えはあまりにも単調な答えだった。
むしろ代償に加え精神的なダメージを負った。
俺ってそんなに嫌われてたのか・・・

「べ・・別に、みんな大雅の席を避けてるって訳じゃないと思うぞ!みんなその席を大雅に譲ってると思うんだよ!だから気にすることないって!」

それはそれで、変に気を遣わせてたみたいで傷つくのだが、鈍感だったのは生瀬じゃなく俺だったのか・・
こんな状況に加え自分の身勝手な行動を思い知らされてるなんて、泣きっ面に蜂なんてレベルじゃない。

放心状態で遠い目をしていると、講義開始のベルが鳴り響く。

「あ・・んじゃまたな大雅~」

そう言って生瀬は自分の席に戻っていった。
放心状態から抜け出せず今日は講義に集中できそうになさそうだ。

(予備校、休めばよかった・・)

そんな後悔に苛まれながら、今日の講義が始まった。

       *         *         *

ベルが鳴り止むと講師が教室へ入ってきた。
相変わらずなぜか偉そうな雰囲気を漂わせる講師だが、今日は俺の姿を見て驚きの表情を見せていた。

「えっ・・・君はどこの・・生徒さんかな?」

俺は無言で学生帳をかざす、それ以上何も言わない。

「あっ・・吉田だったのか・・・・・・そ、それじゃ講義を始める」

その後は何もなかったように講義が始まった。
予備校生達は、それぞれ参考書やノート片手に勉学に励むが俺は一つの難題に直面していた。

(・・・シャーペンが上手く握れない)

指は確かに5本あり人間の手の動きとさほど差はないのだが、問題は大きさだった。
いつのも手と比べると2倍は大きく上手くペンを握れない。
ペンが上手く握れないのならノートに字を書くことが極めて難しい。
折角講義に出ているのにまともにノートもとれないなんて・・

ペンの握り方を試行錯誤していると情けなさが次第にイライラへと変わり腹が立ってきた。
自分の感情と比例するように尻尾が地面を叩き始める。

地響きのような音は予備校生を一人、また一人と注目の的となり、最終的に講師の耳まで届く。

「・・・おい!静かにしろ!!講義中に誰だ?邪魔をするなら出て行ってもらうぞ!?」

自分の講義を邪魔されたことにイラつく態度を見せる講師が音の発信源に目をやると俺と目が合う。

「・・・・・・・・・」

暫く見つめ合う中年男性とドラゴン・・・なんともシュールな絵だった。

「・・・・じ、じゃあ次はこの問題・・」

講師は額から噴き出た油汗を拭いながら何事もなかったように講義を再開した。いや、悪いのは俺なんだが。
どうにもこの尻尾は俺の感情に反応して動いているようだ、自分の身体で新たな発見が出来たのは喜ばしいことだが、

(ドラゴンというより・・まるで犬だな)

嬉しいような悲しいような感情に戸惑いながらも講義は進んでいく。
尻尾は少し悲しそうに垂れ込んでいた。

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