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僕は悪人ですか?と問いかけた

お題:「地獄への道は善意で舗装されている」
セクシャルマイノリティに関する描写、女性蔑視と取れる発言表現あり
苦手な方は閲覧をお控え願います。


泉ちゃんのタイプってどんな人? 無邪気に交わされる言葉にたとえようのない違和感と気持ちの悪さを感じるようになったのはいつからだっただろう。
 自分の体は生まれてこの方、女だ。でも、それこそ物心ついた頃から、体が間違っているように思えてならない。
 それが顕著になったのは、第二次成長が始まった位だったと思う。小学4年生位までは女であるとか、男であるとかは特別な差はなかった。でも、5年生を過ぎたあたりから誰それが付き合った。あの子が可愛い、彼が格好いいという会話が自然に増えていく。当然と云えば当然だ。
 その当然について行けない僕が居ただけだ。
「泉ちゃんの好きなタイプってどんな人? 」
 休み時間の教室で皆と集まって喋っていた。話題は授業の事、アイドルの話、ゴシックよりの噂話に恋愛話。
 きゃあきゃあとおしゃべりが続いて行く中で、好きなタイプの話になった。
 聞いてきたのは幼馴染、ここではA子ということにしておこう。
 A子は、流行り物が大好きなだ、そして少し派手だと思う。先生にばれない程度に、薄っすら化粧をしている。髪型も朝から時間をかけて頑張っているらしい。
 僕には少しも真似できないと思う。
「えー、ウチのタイプはうーん」
 気になると言われて困った。回答を少し引き延ばして、どう誤魔化そうとばっと考える。
「どんな人が好みだとおもう? 」
 教えてよー、と言われながらその場のノリで誤魔化し続ける。やっぱり、この手の会話はしんどい。
 それとなく話題を他の子に回す。回された子は、誰それが好きだと話し始めて、他の子が相槌を打っていく。楽しそうに、自分の性別に違和感もなく話が進む。
 僕には難しい。

 昔から自分の事を女だとは思ったことはなくって、女の子なんだから、と言われたことに疑問符が付きまとっていた。
 僕は別に「女」という名前ではなく、「加藤 泉」であるし、「女の子」だからという理由で大人しくしていなければいけない理由も分からなかったからだ。
 僕は一人称も「僕」にしたかった。家にいる分には親も姉も何も言わなかったから。でも、小学3年の時にA子から、「僕」という一人称はおかしいと言われて、矯正した。
きっと高校生までは「ウチ」という一人称を使って、大学生になる辺りから「私」に切り替えていけば良いんだと思い。A子が読んで、と持ってくる少女漫画を読む限りそうなんだと思う。
 正直、制服のスカートも履きたくなかった。でも、制服だからと言われて仕方なく履いているのに、休み時間になればスカートめくりだ、なんだと言ってスカートを女子にめくられる。
 スカートを我慢して履いているのに、スカートをめくられるという意味の分からない状況に不愉快さが増した。
 悪ふざけでやる女子にも、めくられたスカートの中を覗き込もうとする男子にも嫌悪感がつのる。
 僕はスカートを履きたくなくて、ゴシックみたいな噂話よりもサバイバルゲームが好きで、「女」という役割を押し付けられるのが好きじゃないだけなのに、それを分かってくれる人はいなかった。
 思っていることを口に出せば、きっと翌日からは教室の中で一人ぼっちになる。それが分かっているから余計なことは言えなかった。

 急遽、授業が自習になった。渡されたプリントをやることはなく、おしゃべりが始まる。中には席を移動する子まで出始めて、真面目に勉強したい子が迷惑そうにしている。
 女の子同士、男の子同士で集まってそれぞれのグループで喋って、少しずつ声が大きくなっていく。
 A子とA子の友達と一緒になって喋っていたけど、そろそろ先生が来るだろうなとは思っていた。
 そんな中で、男子グループの会話が聞こえてきた。中身は、女子同士が話している内容と大差はないけど、もっと身体的な内容だった。
『顔は可愛いけど、胸がない』
『尻がある方が良い』
『体重は40キロ前後で、胸がある子』
 妄想と現実の区別がついていないことが良く分かる内容だったと思う。仕舞にはクラス内の女子の番付までし始めた。
 一番上の子と一番下の子は早々に決まったらしいがそれ以外が決めにくいようだ。下世話で好きじゃない。
 A子のアイドルの話を延々と聞いている方がまだましだと思って、意識をそちらに戻す。興味はないけど、アイドルの話について行けるようにしておけば会話で困ることはないから、丁度良いかもしれない。
 隣のクラスで授業をしていた先生が注意しに来て、少しだけ静かになった。
 盛りが下がってことで、不服そうな顔をしている子が多い。授業時間なんだから当然だと思うけど、あの子達にはそういう発想はないようだ。
 注意したからといって静かにしていられるのは10分が精々で、また少しずつ話声が戻ってくる。
 女子番付をしていたグループも会話を再開したみたいだった。話はA子になっているよで、顔が可愛いとか、胸がないとかでどの順位になるか考えている。
 A子は女子の間でも、好き嫌いが分かれているようだ。A子がいない時にいつものメンバーと一緒に喋っていたらいつの間にかA子への悪口大会になっていて、幼馴染の僕はそれとなくA子に伝えるということだけ言った。
 A子の順位は決まったのか保留になったのか、話が別の子に移ったようだった。元々そこまで興味のある話ではないから、A子と別の子が楽しそうに雑誌の話をしているのを相槌を打つ作業に戻ろうかと思った。
『加藤はどうする? 』
 その単語にびっくりした。まさか、僕まで番付に入れられるとは思っていなかった。
『アイツ、胸はあるじゃん』
『でも、顔がな、別に可愛いわけじゃないし』
『揉めりゃあ、顔がどうでも良いんじゃね? 』
 真っ先に感じたのは嫌悪感、次に吐き気。急に上体と倒した僕に、楽しそうに話していたA子と別の子が慌てて声をかける。
 僕を女として見るな、僕を勝手に消費するな、それだけのことが言えなかった。
 その後は、保健室に行って早退することになった。


 僕は性的な目で見られることを嫌悪しているのだと分かったのは、良かったと思う。
早い段階で気付けたことで、聞きたくない事は聞かないようにして、聞かされそうになった時はそっと話の矛先を変える、そんな事が出来るようになった。
 高校は一応進学校に入れたから、授業の話とか、テストの話とかをしていれば問題なかった。
 制服もスカートだったけど、何故かジャージ登校をさせたがる学校だったから中学の時みたいに何が何でもスカートを履かなきゃという気持ちにはならなかった。嫌なものは嫌なんだけど、多少なら我慢してやろうといった所だ。
 学校自体に来ていく機会が減ったとは言え、親戚が集まる葬儀などには礼服替わりに制服を着ていかなければならない。
 一度、母さんに制服じゃなくて普通のスーツが良いと言ったことがある。その時は、めんどうくさそうに身長が伸びるかもしれないからとか、制服があるから十分だろうとは言われた。
 なぜそうしたいのかを聞かれないまま終わった会話に、僕は諦めた。きっと理由を説明した所で理解できないのだろうし、理解する気もないんだろう。

 そんな事を思いながら、僕はトイレにケータイ片手に籠城していた。今日は、父親の兄弟の奥さんの母親の葬儀だ。なぜ、僕が出席することになったのかは心の底から理解できないが、連れてこられてしまったのでどうしようもない。
 本来なら、今日は友達と集まってカラオケで勉強会をする予定だった。途中から勉強なんてしないで歌うことは分かっていたけれど、それはそれで楽しいから楽しみにしていたのに、だ。
 行きたくないということも母さんに話したけど、呼ばれたから行く、以外の回答はなかった。行きたくもない他人の葬儀、その上で親戚らしい人に挨拶して回るのが苦痛だったから、トイレに籠城を決め込んでいる。
 今頃、カラオケで楽しんでいるだろう友達にメッセージを送ってみればすぐに既読が付いて、写真を送ってくれる。「がんばれー」とスタンプが飛ぶ。
 時間的にも籠城するには限界だったから、スタンプを返してトイレから出た。顔面に笑顔を貼り付けて5時間我慢すれば終わるのだから頑張ろう。

 葬儀が終わった後の会食はある種の心理戦だと思う。
 顔を合わせた事のない人と親し気に話をし、故人の話題で盛り上がる。故人とあまり親しくなかった人には、故人がどれ程素晴らしい人物かを語る。
 僕は、そうなんですね、わー凄いですね、とパターン化してきた返答を繰り返す機械の様になっていた。
 母さんは、愛想を振りまきながら各テーブルにビールを注ぎに行っているし、各テーブルに一人は取り分け係となる女の人がいる。
 父さんを探せば、酔って騒いでいる団体の所に居た。酒に酔って騒いでいる集団を白い目で見ている人が10人程、この冷ややかな視線に気づかないのだから酔っている人達は幸せで良いなと思う。
「泉ちゃんは高校生なの? 」
 父さんの様子見を早々にやめて、手元の料理を食べていたら、テーブルの向かいから話かけられた。確か、父さんの兄弟の奥さんの妹のはずだ。
「高校一年生です」
 少し笑って返す。一問一答形式で答えていっても相手が勝手に話したい事を話し出すから、特別何か言う必要もないだろう。
「まぁ、大人びてるからもっと年上かとおもってたわ」
 老け顔って言いたいんです?まぁ、どうでもいいけど。
「高校はどちらなの? えぇ、あの学校、勉強得意なのね」
 高校名を答えると、大袈裟に驚いてみせる。中学の時に勉強しないとやってらんなかったからですが。
「私の息子ももう中三で受験生なんだけど、全然勉強してくれなくて困ってるのよ。部活が忙しいとかで、もう困っちゃうわ」
 僕の話を聞いていると見せかけて自分語りが始まった。流れるように自分語りが出来るのはある意味スキルだよな。
 相手の話に相槌を打つ。そろそろ料理が冷たくなってきたから食べたいんだけど、どのタイミングで食べればいいのかも分からない。
 話もいつの間にか、息子の話から自分が高校生だった当時の話に変わっている。悪いが、僕はあなたに興味もなければ、関心もないのであまり語られても困るんです。
 曖昧に笑い続けて頬の筋肉が少し痛くなってきた頃、酔っ払い集団が解散したようで、会場全体が騒がしくなった。
 穴抜け上になっていた席は、本来の住人が戻ってきて埋まっていく。僕に話しかけていた人の旦那さんも戻ってきたようで、意識は僕から外れた様だった。
 隣の空席にも人が帰ってきたようだった。煙草と酒の混ざった匂いがむわっと広がって、気持ち悪くなる。鼻をつまみたくなるが、流石に失礼に当たると思って、我慢する。
 意識を少しでもずらすように、目の前のお皿に残っている料理に手を付ける。冷めた料理と脂っぽさ、隣からの悪臭に、口に入れたものを飲み込みのも一苦労だった。
 早く帰りたいと思っているなかで、父さんがふらふらと寄ってきた。呂律の回っていない口から用件を聞き出して、母さんのいる場所を指さして教える。車で来ているのに酒を飲んだから帰りの運転は母さんになったようだ。
「泉ちゃんっていうのかい、いやぁ随分なべっぴんさんだね」
 父さんとの会話を聞いていたのだろう悪臭を放つ隣のおじさんから声を掛けられた。
 呂律の回っていない言葉で、顔や体格について褒められたようだ。呂律が回っていなくて上手く聞き取れないのだけれど、適当に返事をする。
 周りに他の大人もいるはずなのに、セクハラまがいの言葉を制する人は誰もいなかった。
 いわれる言葉の醜悪さに笑顔が引きつってくる。僕は女のして消費されることがひたすらに嫌いなんだとここで大声で言えたらどれだけ良いんだろう。
 でも言ったら、さも僕が悪いかのように言われるのだと分かっている。冷めた料理はそのままに、母さんの方に手伝いに行くといって席を立つ。
 後ろからお母さんの手伝いをしていい子だとか、勉強もできるらしいとか聞こえた。不愉快さは消えなかった、それは僕を褒めているのではなくて、大人によって都合のいい子の話をしているだけだから。
 母さんの手伝いをして時間をつぶしていると、隣の席だったおじさんが近寄ってきた。それとなく、母さんの横に移動して話始める。話をしている間は話しかけてこないだろうと踏んだ。
 だが、酔っ払いにはそんな考えは通用しなかった。母さんと僕の会話に割り込むように話初め、僕に彼氏がいるのかと訊いてきた。
 流石に嫌だったから、彼氏はいないし、作る気もない、母さんの手伝いをしなければいけない、と言い立てて追い払おうとした。スカートが似合うだの、安産体形といった発言に目をつぶってやったんだからいい加減、話しかけないで欲しいという気持ちいっぱいだ。
 おじさんは僕の話を一切聞く気がないのか、自分の息子の話をし始めて、会ってみないかと言い出した。話を隣で聞いていた母さんが、流石に止めに入り僕に父さんの様子を見てきてと言ってきた。
 やれやれといった気持ちでソファに座って寝こけて居る父さんの所に移動する。移動際に、結婚はどうするんだ、出産はどうするんだと母さんに尋ね、母さんが適当にぼやかして話していた。
 僕は父さんのところに真っすぐに行くことを諦めて、一番近くのトイレに寄った。頭痛と吐き気は収まる様子が見えなかった。


 大学に入り、一人称を「僕」にした。仲良くなった子は一人称については何も思っていないらしい。服装もスカートを履く必要もなく、ユニセックスな服装を好んで着た。
 就活時にはパンプスを履かなければならないだろうけど、それまでの間はスニーカーとかを履いて、強制された女らしさをいうものをなくしていった。
 自由で、気が楽だった。僕を気に食わない人もいると思うけど、その人達を関わらなければいいだけだ。高校までのクラスがなくなった分、気持ち的にも楽が出来ているような気がする。
 たまに、母さんにオシャレしないのだとか、女の子らしい格好をしないのだとか言われているけれど、適当に流すことにした。いちいち気にしてたらキリがない。
 楽しく大学生活を謳歌して、短い冬休み入った。年末年始に毛を話した程度の短い休み。休み明けには学期末のレポートやテストが待っていると考えるとあまり気も休まらないけど、年末年始位はゆっくりしたいという気持ちだった。
 特に何の予定も入れず、友達にはレポートの話やいつから図書館が開くかなどの確認のメッセージを送って過ごしていた時、A子から連絡が来て一緒に遊びに行くことになった。
 A子は中学までは一緒だったけど高校は別々になり、今は専門学校に行っているらしい。
 以前、駅でちらっと姿を見たときは、露出度の高い、派手目な格好をしていたのを覚えている。あの格好で来たら、隣にいる僕もかなり浮くだろうなと思いつつ、ダサすぎない程度に服を選んだ。

 久々に会ったA子は、良くも悪くも変わらないなと思った。A子が服を買いたいとのことなので、色々な店を回る。
 買い物をする途中で、さも当然のように買った袋を持たせようとしてくるから、きつくなり過ぎないように気を付けながら断る。
 A子は昔から、他人が自分のために尽くしてくれるのは当然だと思っている節があるから、断るときははっきり断らないといけない。中学生の時に散々日直の業務を押し付けられて学んだ。
 僕が荷物を持たないことに対し最初は不機嫌になって文句を言っていたが、不機嫌になっても僕が動じないのを分かったのか諦めて自分で荷物を持っている。
 A子が服を選ぶ様子を見ながら、ぼんやりと店内を見ていると急にA子が僕に服を当ててきた。
「泉ちゃんは気になる服とかないの? ほら、泉ちゃん身長高めだからロンスカとかに会うと思うんだよね。コレとか、あとこの色のも似合うと思うし」
 A子が持ってきたのは、可愛いフリルがあしらわれた膝丈のスカートと可愛いピンク色にレースのついたロングスカートだ。
「いや、私は良いよ。大学入ってから結構服買ったし」
 間違えて僕と言わないように気を付けながら軽く断る。スカートが好きじゃないというのはお店の雰囲気的にも言いづらい。
「でも、泉ちゃんの格好ってなんか可愛くないじゃん。せっかく身長もあるんだから可愛い格好しなきゃ損だよ」
 損かどうかは僕が決めるから口を出さないで欲しいな。とかいう言葉は一度飲み込む。親同士の付き合いがあると、ちょっとした揉め事が3倍、4倍の規模になることもあるから、気を付けないといけない。
「あんまり可愛い格好、得意じゃないからさ。スカートも制服以外じゃ全然履かないし」
 再度断ると、A子はイライラし始めた様で片足で貧乏ゆすりを始めた。気に入らない事、思い通りにならない事があるとA子はすぐに不機嫌を前面に押し出して、周りに言うことを聞かせようとする。
 この癖を直さないままに社会にでたらA子はどうするんだろうと、考えてしまった。
「泉ちゃんさ、スカート好きじゃないって言ってるけど、自分が特別だとか思いたいわけ? はっきり言うけど、泉ちゃんの格好ダサいよ、一緒に歩いているのが恥ずかしいの。少しは女の子らしいちゃんとした格好してくれない? 」
 小さめの店内で、大きい声で話すA子に店中の注目が集まった。
「A子、少し静かに」
「スカート履くとか、化粧するとか、なんて当然のことをしないの? 恥ずかしくないの? 泉ちゃんと一緒にいるの恥ずかしいのに私我慢してるんだけど、なにか言うことないの」
 A子を抑えようとしたけれど、ヒステリックに話始めてしまって。手が付けられなかった。
 A子にしてみれば当然の事でもそれを僕が強制される筋合いはないわけで、なんならお店の人の目も気になるわけで。
「あっそ、じゃあ帰るわ。A子の買い物に付き合ってても僕には一切良いことないし付き合ったらんない」
 そう言い捨てて、店を出た。親同士の付き合いとはもう知らない。揉めるなら勝手に揉めてればいい。
 イライラした調子で友達にメッセージを送れば、たまたま近くにいたらしい子と合流できた。
A子からの着信は見なかったことにして、友達とお茶を楽しんだ。
「この間、服買いに行ったんだけどさ、いずみんが好きそうなシャツ見かけたんよ。ちょっと見に行かん? 」
「おっ、いいね。僕もそれ見たい」
 友達と一緒に行った買い物はA子を行ったお店よりも楽しくて、つい2着程服を買った。
「この間、いずみん服しまう場所ないって言ってたけど大丈夫? 」
「えーと、場所は作るものだからさ」
 ケラケラと笑いながらする買い物は楽しい。相手の機嫌を伺いながらする買い物は苦痛なんだと良く分かったし、好きじゃない格好を強制されそうになることは精神的に負担がかかることなんだと良く分かった。
 それ以降、A子から連絡が来ることはなかったし、僕から連絡することもなかった。お店で起こったことは母さんにも言ったから、今後親がらみでA子一緒にいることはないだろうと思う。
 僕はA子から色々なことを学んで来れたと思う。
 不機嫌さで人を操ろうとする人がいること、使える人間がいたらその人に全てを押し付けて楽をする人がいること、利用されるのはいつだって主張が弱い方であること、声の大きい人の意見から外れようとすると矯正されそうになること。
 きっと僕はA子のような人と上手くはやっていけないだろうから、お互いのために二度度会わないことにしよう。


 大学を卒業して、友達はそれぞれの進路で頑張っている。一人は、会社を1年で辞めてしまったけど契約社員で万年定時上りと喜んでいるし、中心部から離れた場所い配属された友達は、たまに帰ってきては飲んでいる。
 僕はと言えば、卒業と同時に家を出た。気ままな一人暮らしをしている。最近はモルモットだとかの小さめのペットが飼えないか悩んでいる。
 家を出てから息がしやすくなった。
母さんは、なんだかんだで僕に女の子らしくいることを求めていたし、スカート位履きなさいと言われることもあった。
 父さんは、女はかくあるべし、みたいな固定観念を持っているから話をすることも嫌だった。
 一人で暮らすのは、大変なことも多いけれど自由になれる。たまに、夜風に吹かれながらチューハイをあおったり、良く分からない創作料理を爆誕させたり、僕が僕らしく生きていると実感できる。
 チューハイ缶を傾けながら、冷蔵庫のあまりものを適当に炒めた肴に箸を伸ばす。僕は今、完全に自由なのだと、昨日の事を思い出しながら思う。
 言いたいことを言ったし、今まで嫌だったことも言えた。とにかく、今は自由だ。

 昨日は仕事は思うように進まなくて少しささくれ立っていた。職場近くのお弁当屋さんで夕食を買って、さっさと休もうと思っていた。
 シャワーも浴びて、明日に備えて寝ようと思っていた中で電話が鳴る。
 職場だったらまずいと思って、慌てて出ると母さんだった。
 母さんから急に電話が来ることはたまにあるけど、特に用件がないことも多い。もし、大した用件じゃなかったら明日掛けなおすからと言って電話を切ろう、そう思って話を聞き始めた。
 元気にしているか気になったということだったから、元気だしだけど明日に備えたいから明日掛けなおすという。
 父さんも心配してるからたまには帰ってきなさいという、お盆に一度帰るから電話を切りたい事を伝える。
 困っていることはないか、お金は足りているのか聞かれた、仕事はしてるし困っていることはないし、明日の備えて休みたいことをいう。
 いい加減にしてほしいなという気持ちが強くなる。母さんが僕を心配して連絡をくれていることは分かるんだけど、今日は穏やかな気持ちで対応することがとても難しいから簡便してほしい。
「あのさ、さっきから言っているけど明日の仕事あるから電話切るよ。もう休みたいし、明日また掛けなおすから」
『そんなこと言ったって、去年だった仕事仕事って帰ってこなかったじゃないの』
「忙しくて帰れなかったんだって、去年も説明したでしょう。明日も忙しいから切るよ」
『仕事ってばかり言って、あなた結婚はどうするの! 昔みたいにお見合いなんて簡単にできないんだから、ちゃんと考えてくれないと』
 思えば、この時点で一方的にでも電話を切ってしまえば良かったのかもしれない。ただ、僕も疲れていたし、その状況で話されなくない話題を振られてイライラしてしまったのも事実だ。
「仕事忙しいし、結婚するつもりもないから。放っておいてくれる? 」
『結婚しないって、子どもはどうするの? 30歳過ぎてから生むのは大変なのよ。それに将来はどうするの、お墓だってあるんだから』
「子どもを作るつもりもないし、将来の事は自分で考える。お墓は引き継ぐつもりはないって前も話したよね」
 もう疲れてるから、これ以上話をするなら明日にして欲しい。結婚とか出産とかの話は出来るだけしたくないし、人に色々と言われる必要はないので、話題にしないで欲しい。
『お母さんも、お父さんもあなたの事を心配して言ってるのよ。いつもいつも、適当な返事ばかりして』
 僕は最近ではない位にイライラしていた。用件のはっきりしない電話にも、その電話を切れない状況にもだ。
 いつまでも我慢していたらいけないということは、これまでの短い人生の中でよく分かっていたつもりだったが、まだ足りなかったようだ。
「あのさ、僕のためだって言うけど、本当に僕のためなの? さっきから電話切りたいって言ってるよね? それを一切聞かないで一方的に話を続けてるのは誰さ? 忙しいから早めに寝て明日に備えたいんだよ。明日具合悪くならないように早めに寝たいの、分かる?」
 結局、僕のためだって言いながら、自分本位に行っているだけだ。僕が困らないように結婚や子どもの話をしているという体面だけど、実際は自分たちの老後の面倒を見てくれる人の確保と孫の顔を見たいだとかそれ位のことだ。
「あとさ、僕は自分の事、女だと思えないんだよね。中学の時にはそうだったから。突然でもなんでもなく。だから結婚とか無理だし、子ども作るとかもっと無理だから」
 電話先で母さんが何か言っていた気がするけど、聞く気がないからそのまま話す。
「で、質問なんだけど、僕がどっかおかしいのかい? 悪人なのかい? 人に色々と強制させようとしてくる人とどっちが質が悪いだい? 」

(2021.6.20)


大元のWordファイルを開いたら途中までのデータしかなくとても慌てました。
バックアップは大切だと痛感しました。
「相手のため」の発言はどこまで「相手のため」なのでしょう。そんな事を思いながら書いた記憶があります。

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