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せっかちな叔母

ワタシがはじめて映画館で見た映画は『ラッシー』、と言いたい所なんですが、最初から最後までちゃんと見ていないのでとても "見た" とは言い難いっていう、初体験の映画鑑賞がとても微妙でしてね。

それは、今から40年以上も前の、ワタシは6歳、姉が11歳の時の話です。
東京に住む叔母が「お出かけしようか?」と、私たちを渋谷の街に連れて行ってくれまして、デパートに行ったりご飯を食べたり、忙しく色んなところを見てまわりました。
とにかく叔母はセカセカしている人なので、「ここ入る?見た?じゃ、行こう」ってな具合で行動するんですね。
だから、じっくり見ることもゆっくり選ぶことも出来ず、分単位で移動する感じで本当にめまぐるしくて、子どものワタシからすると何をしに来ているのかわからないままただただ振り回されるっていう、とてもせわしない状態でした。

こんな調子が続くので、そろそろ帰りたいと思いはじめた時、「映画でも見る?」と叔母が言います。

映画?
見てみたい。

映画がどんなものなのかろくに知らない6歳児でしたが、なんだかワクワクする響きにワタシは大きく頷き、姉は「行きたい!」と目を輝かせたので、映画鑑賞が決定しました。
いそいそと映画館におもむくと、叔母が上映中の『ラッシー』を見つけ、「犬の話ならアユミちゃんもわかるでしょ」と、ものすごく適当な思いつきで見る映画が決まり

ワタシは訳がわからないまま手を引かれ、「はじまったばっかりだから大丈夫」と、どんな映画なのかも知らない、既にスタートしている劇場内へ連れて行かれました。
座れる席など見つかるはずもなく、立ち見状態で「はい、見よう」とスクリーンの方に目を向けさせられるんですけど、画面の上半分くらいしか見えません。
多分、字幕は出ていたんでしょうけど、たとえ見えたとしても6歳児には読めませんからね。

飼い主と引き離されたラッシーが飼い主の元へ帰る旅を描いたストーリー、だったと思うのですが、わからないながらも初めての映画館で、大きい画面と臨場感あるサウンドにはとてつもなく感動して、スクリーンをじっと見つめました。
ラッシーがひたすら歩いているシーン、火事の中から猫を助けるシーンなど、言葉は理解できなくとも映像だけで、なんとなくストーリーは想像できました。
"ラッシーが線路を歩いているシーン" で、この後どうなるんだろう?と、ドキドキ感が高まったところで突然、叔母が耳元で囁きます。

「もういいね。帰るよ」

え?
なんで??
帰るの???

「ここ、さっきと同じシーンだから。もう、ひと回りしたんでしょ」

は?
ひと回り??

余談ですが、昭和の時代の映画館は全席自由席で、館内にめいっぱい観客を入れるため「立ち見客」が出るのは当たり前でした。
中に入ってしまえば何回でも繰り返し映画が見られる感じの、何時間でも館内にいる事が可能だったので、映画を途中から見はじめて、終わったら見はじめたところまで見てから出る、という方法で鑑賞する人もいました。

っていうので、たぶん、叔母もこのタイプなんですけど、『ラッシー』は明らかに途中なんですよ。
子どもでもわかる。
確かに、線路を歩くシーンははじめの方にもあったけれども。
それとは全然違う。
大事なのは、この後なのに。
もう、せっかち中の、せっかち。
っていうか、映画、全く見てないよね、おばちゃん。

有無を言わさず叔母は、姉とワタシの手を引き、扉へと向かいます。
ラッシーは最後家族に会えるかな?と心配を胸に「頑張れラッシー」と心の中で呟き、スクリーンに映るラッシーに手を振って劇場を出ました。

これって、"見た" って言えます?

楽しく遊んでいたおもちゃをいきなりぶん取られた感じでものすごくゲンナリしましたし、「大人って、なんて勝手なんだ」と、「だったら最初から見せんじゃね〜」と、かなり憤慨しましたね。
まぁ、こんなことがあるのか?とシンプルに驚いたっていうのが正直なところで、この人とは絶対に "ソリが合わない" と確信しましたし、「おばちゃんとは二度と一緒に出かけるまい」と小さく心に決めた出来事でもありました。

この後のことはというと、全く記憶にありません。
更にどこかに寄ったのか、いつ頃どのようにして帰宅したのか。
不意打ちで映画を見せられ不本意に退場させられたことが腑に落ちなさすぎて、そこだけを鮮明に覚えているのかもしれません。

これを経験したことで、「いつか、ちゃんと映画を見たい」という目標が出来ましたけどね。
ポイントは、『ちゃんと』。
席に座って、始めから終わりまで見る、ということです。
そして、それから4年後の小学4年で、それは実現することになります。

ワタシが住む町には映画館がなく、大きな街に行かないといけませんでした。
母は運転免許を持っていないので、移動手段はバスです。
最寄り駅まではバスで1時間ほど。最寄駅手前のバス停で下車した所に映画館があり、そこで母と一緒に『南極物語』を見ました。

小規模な映画館で、スクリーンは小さく館内も狭かったため立ち見客も大勢いましたが、母は用意周到な人だったので、前もって到着、早めに映画館で待機、開場と同時に入場し、座って見ることが出来ました。

ちゃんと映画を見たことで、「映画って、こういうものなんだ」と十分に納得し、特別感を覚え、『映画館で映画を見ることの楽しさ』を知りました。

映画を映画館で味わうようになるのはだいぶ大人になってからですが

あの時の「やるせなさ」があったからこそ、リベンジし、映画の魅力を感じることが出来たと思えばとても貴重な体験だったのではないかと、せっかちな叔母にも感謝の気持ちが芽生えます。

っていうことにしておきます。

せっかちな叔母の伝説はまだまだあるんですが、それはまた別の機会に。




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