言の葉に咲く③

目覚めたのは夜の8時過ぎだった。

窓の外は黒く塗られて眠りに落ちる前とは別の世界が敷かれている。1日の時間をまばらに消費していると編集されたような、次から次のシーンへ飛んでいるようなそんな感覚に陥ってしまう。

シャワーで洗い流さずにいた体は十分に休むことが出来ず、背中に鈍いだるさを残していた。

頭が重い。

ゆっくりとベッドから這い出てリビングに行くと暗い部屋の中でぼんやりと浮かんだ青い花が目に止まった。

ブルースター、そう呼ばれていたことを思い出す。冷たい星のような見た目のその花は涼しげで、夜を彩る様が美しい。

それは陽の光が無くなった今も変わらず、まるで魅力を失っていなかった。

うっすらと差し込んだ月明かりを吸い込んだブルースターは花弁の青を鮮やかに色付かせている。夜の帳が落とされても輝きを失わない姿が心から羨ましかった。

生活を送っていれば嫌でも様々な変化に付き合わなければならない。時にはそれを求められることもある。

だから目には見えないことでも変わらないものがあるということは意外にも大きな幸せだったりする。

人ではないものに憧れじみた感情を抱くのは初めてのことだった。

しかし同時にそれが無い物ねだりであるという事実に気がつくと、虚しさが余計に身に沁みてしまった。

子供の頃の欲しいものは大体金を出せば手に入るものだったけれど、大人になると求めるものに「金に替えられないもの」が増えてくる。

もっともそれも莫大な富があったのならば、事情も変わってくるのかもしれないが。

けれどきっとそれは多くの人間には縁の無い話になる。安物のスーツを着回してる私は言わずもがなだった。

薄暗いリビングの中でハンガーに掛けられずに転がったままのスーツは萎れて、この一室に孤独の報せを敷き詰める。

汚れのこびり付いた体をシャワーで流そうと浴室へ向かうと洗面台の棚にあるコンタクトレンズの洗浄液が目についた。中身はまだあまり減っていない。

捨てるのが少しもったいなくて残したままになっているボトルを眺めながら、コンタクトを上手に入れる姿を思い出しては、それが過去の残骸である事に気がついて、使い道のなくなったボトルに手を伸ばすと中身を全て流してゴミ箱へそっと移した。

過ぎたもののほとんどは次第に姿を消していく。この部屋の中に残された跡だって気が付けば影も形も無くなって元から何もなかったように私の部屋に戻っている。

窓の向こうの夜の世界は街の擦り傷を飲み込むように徐々に徐々に深くなって優しく静かに隠していく。明日は休みだ、シャワーでさっぱりした眠れない身体は余裕な心持ちで長い夜を消費していく。

続く

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