言の葉に咲く②

家に帰って荷物を置くと昨日の殻を脱ぎ捨てて部屋着に着替える。疲れに潰されたスーツはフローリングの上に力なく転がった。軽くなった体でダイニングチェアーに腰を掛けると、テーブルの上に置いてあったビニール袋を眺めてあの土の香りを思い出していた。ビニールには花屋の洒落たロゴがプリントされている。

袋から花を出してそれを飾ろうとフラワーベースの置いてあるシェルフに目をやると以前買った花が鉢の中で萎れていることに気がついた。

花は適当に水をあげているだけでは育たたない、粗末な私はそんな事にすら気がつかずに水をやる事以外に何も気にかけることなく、ただそれだけで自分の責務を果たしているつもりでいた。

しぼんだ花は力なくうなだれてこちらに頭を垂れている。指先で花弁に触れると張りのない弱々しい感触が伝わってきた。

「私の寂しさとかあなたには分からないでしょう。適当に愛情を向けるのはもうやめて。苦しいだけなの」

頭の中に冷めた声が蘇る。まただなとため息をこぼしてからごめんとつぶやくと、鉢の中の土に少しの水をやって一番見晴らしの良い窓際に鉢を移した。

今更と思いながら愚かな自分が失ったものを少しでも取り戻そうと、伸ばせなかった手を伸ばすつもりで弔いのような処置を施した。

フラワーベースに花を生けてシェルフに飾るとリミットを報せるような睡魔が体にのし掛かってきた。重たい体を運んで洗面台の前に立つと鏡に映る濃い隈を眺めながら簡単に歯だけ磨いた。それから真っ直ぐに寝室へ向かうとそのままベッドの上に倒れ込んだ。眠りにつく狭間の中で枕に沈めた頭の中には言葉が浮かび転がり始めていた。

花は愛情を持って育てると綺麗に咲く、そんな話をどこかで聞いた覚えがある。

それが事実かどうかなんてことを定めることはできないけれど、多分それは本当のことなのだろう。

人と植物、姿形はまるで違うけれど同じ生き物なのだ、色んな共通点がある。それが見えないところにあってもおかしくはない。

それに「愛情」という栄養素が足りずに何かが枯れてしまうということはこれまで何度も経験してきた。それはつまり言い換えてしまえばそれが足りていれば潤うということになるのではないか。

見えない栄養が人の心を潤すのなら、それが見えない形で花に作用していても不思議じゃない。

あれだけ瑞々しかった花も義務と作業で埋もれた部屋の中ではこうも容易く萎れてしまう。想いの欠けた無機質な部屋で過ごすのはとても寂しかっただろう。

寝不足の体は徐々に瞼を重くしていき、視界に幕が引かれていく最中、カウンターの向こう側で佇む彼女の姿を思い出した。

花の育て方を聞いてみよう、そう思いながら横たわる体は深い眠りの海へゆっくりと沈んでいった。


つづく

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