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父の恩返し

良くないことが続くと、先祖供養や墓参りをするといい、という話を聞いたことがある。
そんなご利益を感じた出来事があった

それは父の最初の月命日。
四十九日の前に迎える最初の節目である。

 これは特殊かもしれないが、四十九日の法要は個別にはしなかった。我が家が遠方な上に、姉家族も姪の陸上大会や塾通いで何かと忙しいということで、引き寄せて告別式と一緒に済ませていた。

 月命日には、父にとってすぐ下の妹で、一番気にかけてくれている地元の伯母と、葬儀に来られなかったご親友の方が来られるいうことで、お茶菓子やお供えの準備を姉がしてくれた。
 伯母と、父の長年の親友は、その昔、交流があったそうで。昔話で話は弾んだおかげで、記憶が曖昧な認知症の母と、ご親友とはまるで初対面の姉も、何かと助かったそうだ。

 その夜、姉から月命日の様子を聞きつつ、遠方で行けないながらも自分でも何か供養を、と思い立った。
姉の勧めで持ち帰っていた見開きの写真立てサイズの遺影。その前にお菓子を供えて手を合わせていたが、それを仏壇に見立てて、買ってきた造花や小さな石壷で仏花のような飾りをしてみた。
あとは父の好きだった芋焼酎の小瓶と缶のお茶、病気をしてからよく飲んでいた缶チューハイもお供えした。
 これはすっかり忘れていたが、家に帰ってからお浄めの塩すらしてなかったことも今更ながら思い出した。玄関に盛り塩もして、子供らと一緒に手を合わせて父のために祈った。

その翌日のこと。
いつものように仕事に向かうため、熱中症になりそうなほど熱くなった車に乗り込みエンジンをかけると、懐かしいナビの音声がした。
アレ?音声って出てたっけ??

一年ほど前に故障して以来、うんともすんとも言わなくなったカーナビから初期設定を案内する音声が聞こえる…
見ると、画面もキレイに復活してるじゃないか!

主人が自分で車をいじった際に、誤って電源を断ってしまい、砂嵐のような画面のまま動かなくなってしまった我が家のカーナビ。完全に壊れたと思われたそのカーナビが復活している!

古いカーナビなので、地図やナビ機能はそう惜しくなかったのだが、バックモニターが見れないこととカーステレオが聞けなくなった(あと、お気に入りのCDも取り出せなくなってしまった)のは、不便だし残念で、諦めきれない思いだった。飛び上がるほど嬉しかったが、舞い上がって事故らないよう、嬉しさを堪えながら通勤路を急いだ。

 偶然と言えば、そうかもしれないが、月命日の直後だけに、私にはどうしても父が恩返ししてくれたように思えた。
昔から無宗教を自負していたが、霊の力や死後の世界を感じた出来事だった。

この頃の私は、表面上は落ち着きを取り戻し、静かに父の死は受け止めていた。
しかし、熱心に観るものといえば、癌サバイバーの動画や末期がん、小児がんを取り上げたYouTube。繰り返し観ては、家族に分からないようにこっそり泣いたりもしていた。

なぜ、そんなことばかりしていたのか。
自分でもよく分からないのだが、本来泣くべきタイミングの葬式では、忙しさと疲れで泣きそびれたからではないかと思う。

父を看取り弔う中で、これでもかと死の淵を覗きこんだあの数日間。あの強烈な体験をきちんと消化しきれてない感覚があり、自宅に戻っても、即座にいつもの日常に溶け込むことには強い違和感があった。

身近な人の死や実体験としての死を知らない普通の暮らしを送る人たちと、知ってしまった自分。
その二者の間には歴然たる深い川が流れ、これから未来永劫、全く違う世界線で進んでいく感じがしていた。

 葬式前後の忙しさと寝不足で、自分の疲労限界を超えてしまった感があり、この頃は体調も最低最悪だった。
 対面上はごく普通を装っていたが、このまま自分も死んでしまうかもと思うくらい、心身ともに根深い疲れが抜けず、なかなかすぐには回復しなかった。

 配偶者や親しい人を亡くした人が、ほどなくして後を追うように亡くなる、という話を聞いたりするが、それってすごく良くあることなんじゃないか、と身を持って痛感した。

 今のままではダメだ。
自分でも意識的に健康を志向しないと、いずれ近い将来後悔することになるだろう。
ナビを生き返らせてくれた(と私はおもっているのだが…)父にも報いたい。
日頃から辞めたいなぁとぼんやり考えてはいたが、良い区切りなので電子タバコを辞めることにした。

ほとんど勢い任せというか思いつきで禁煙をスタートしたが、3日から一週間は吸いたくなるとダンナの電子タバコを拝借しながら乗り越えた。
こんな感じでのらりくらりいくのかなと思ったが、二週目には完全禁煙できた。食後や仕事や家事の後も、全く吸いたいと思わなくなった。

父の所業だと私が勝手にそう思ってるだけで、当然ながら真偽のほどは永遠に分からないのだが。
そう思うだけで随分気持ちが軽くなった。

かくして、カーナビが直り、長年二の足を踏んでいた禁煙にも成功したのだった。

元々朝晩キッチンで蒸す程度の頻度だったし、まだほんの二ヶ月ほどだが、特に禁煙は日々嬉しい。
タバコ代が浮いた分、食べたい時に好きなものを食べようと決めた。よく聞く「タバコを辞めると太る」という通説だが、便秘がちになったくらいで、食事も少しで満足できるようになった。

禁煙前に比べると倦怠感や頭痛の日も格段に減り、目に見えて効果を感じている。息切れもしなくなったし、生理前後の体調不良も見違えるほどに軽くなり、良いことづくめである。

いいことは父のおかげ、
悪いことがあったらより一層供養や清めに勤しむ。
これをモットーにいこうと思う。

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