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雪華の園に、赤く咲き

雪下の街を出歩く者はいない。
傷だらけの男が彷徨い歩くのを、咎める者も。
雪華の花園に、足跡と赤い花が咲く。

簡単な仕事のはずだった。
アタッシュケースを渡し、受け取る。
いつもと同じ仕事だった。

どこで風向きが変わった?
地べたばかり見ていた野良犬に、風見鶏の向き先は分からない。
これはそれだけの話で、オレはそれだけの男だった。

「あなた、殺し屋さん?」

オレは公園のベンチに腰掛け、目を伏せて命尽きるのを待っていた。
眼前の声の主は、コート姿の少女だった。
煙草をベンチに押し付けて揉み消し、顔を上げる。

「……ああそうだ。殺されたくなかったら逃げた方がいいぞ」
「だったら、お願いがあるの」

真っ赤な手で差し出されたのは、印鑑と銀行通帳だ。
豚の貯金箱じゃないのは悪くない。

「お母さんを殺してください」

一考し、オレは懐から拳銃を取り出す。
ベレッタM92のフィリピン製コピーだ。
安物だが、ちゃんと引鉄を弾けば、真っすぐ弾が出る。

「悪いが断る。代わりに、これをやるよ」

銃把を彼女に差し出す。
少女はオレの顔と拳銃を交互に見比べ、

「撃ち方、分かんない……」
「ああ、そうか。じゃあ――」

残弾を確認。残り七発。

「三発は試し撃ち。あとの四発で『頭に二発、心臓に二発』だ」

足元の珈琲缶を、腰かけていたベンチに置く。
5メートルほど離れた位置まで席を立ち、少女を呼び寄せる。
ベンチと二人で立つ間に、赤い点線。

「手首は真っすぐに。少し前傾にな、そう正面向いて」
「……」
「両目開けて、右目で後ろのと前のが水平にならいい」

少女はオレの言葉を素直に聞き、引金を弾く。
銃声は雪に飲まれ、開けた公園では甲高い反響もない。
拳銃の音はこんなに静かなものだったか。
三発目で、缶が跳ねた。

「悪くない。あとは、本番だ。頑張りな」

オレは手を振り雪の地べたに座り込む。足元には血華が咲く。
少女は口を真一文字に結んで、こちらに向き直り――

――オレに銃口を向けた。

【続く】

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