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なぜカフェ空間は落ち着くのか:抽象芸術の内省効果

色感が統一され、余白の多い現代アートが掛けられ、木や漆喰の質感に癒されるようなカフェで、ジャズを聞きながらコーヒーの香りを嗅ぎ、癒される。

私は長らくこんな体験が大好きで、どんな忙しい時でも心が落ち着くカフェ空間を不思議に思っていた。

最近、脳科学的な観点の本をいくつか読んで、カフェで気持ちが落ち着くことには、一定の科学的な整合性があると考えるようになった。

カフェは抽象芸術のつまった宝石箱

カフェには、センスよく統一された空間の中に静かに音楽が流れ、インテリアに飾られたアート作品、美味しい香りと相まって、生活の中にふと立ち現れる抽象芸術的な機能を持っている。

抽象芸術には、外部刺激への過剰な意識を遠ざけ、反対に内省的な意識を高める。その結果として自己の情動を見つめ、自分の状態への洞察力を高める効果がある。

脳科学の観点から心の状態に迫った毛内氏の名著『『頭がいい』とはどういうことか』やノーベル賞を受賞したエリック・R・カンデルの『なぜ脳はアートがわかるのか』によれば、

抽象的な芸術に触れると、脳における部位の中で、外部の具体的なモノを認識する部位よりも、脳内の情動を知覚する部位が活性化し、内省的な自己観察が促されるそうで、この内省を通して、自己の情動を言語化する訓練を行うことで、心の持久力が高まる。

カフェはこうした効果から、空間を訪れてコーヒーを飲むだけで不思議と落ち着くような、気分転換の場所として街中に広まっているのではないか。

生活の中の抽象芸術

抽象芸術というと、パッと思いつくのは印象派、抽象画家、キュビズムなどの還元主義的な絵画だろう。

モンドリアン 「コンポジション Ⅱ (線と色)」

そうした絵画への没入体験は美術館に行く必要があるが、抽象的な芸術に触れる体験はこれ以外の方法でも可能だ。

音楽

音楽は、抽象芸術の最たるもので、耳に入る特定の音階の組み合わせや旋律、音の緩急やリズムが情動の変化を促す。

音楽を聴くというのは不思議な現象で、音の組み合わせを聴くだけで、楽しい気分になったり、ノスタルジーを感じたり、逆に不安を覚えたりする。

私は最近、ジャズやクラシック音楽など、歌詞のない音楽を聴いて、自分がどんな旋律やリズムを心地いいと感じるのか、逆にどんな旋律やリズムでは心が掻き乱されてしまうのか、どんな音楽であれば集中が促されるのか、逆にどんな音楽であれば外にでて行動したくなるのか。さまざまな音楽をランダムに流して心の状態を観察するようにしている。

そうすると、既存の作曲理論は、かなり人間の情動の特性を利用したものだということがわかる。長音はポジティブな印象を与える、単調は不安な状態を表す、裏拍を取ることで疾走感が生まれる、等々、

曲というのは作曲家の感情の状態を表現したり、聞き手に想起させたい感情の状態を旋律で表現した抽象芸術なのだ。

最近よく聴いているのはトリオセンスというイギリスのジャズバンドで、軽快かつポジティブなサウンドが魅力的だ。

香り

香りも、抽象芸術の一種なのではないかと私は考えている。
香りによる芸術の領域はまだ開拓されていないので、今後発展して来るのではないではないか、と密かに期待している。

香りが体や心にどのように作用するかは、NHK出版のこの本を通して初歩的に学ぶことができた。

近頃は近所にオープンしたAPFRというお店で様々に調合された香りのサンプルが数十種類用意されていて、香りを試して回っている。

様々な香りを試す中で、香りによって自分がどのように反応するのか、自分の心の状態がどのように変化するか内省し、好みの香りにはどのような要素が含まれているのか、かくして自分はどのような状態が好ましいと感じるのかを観察する。

例えば私は日陰の湿った土の香りのような香調が好みで、イランイランやベルガモット、シソなどがブレンドされたものをよく購入するが、こうした香りはストレスを軽減する効果があるそうで、特にベルガモットは天然の抗うつ剤と言われているほど効果が強いそう。

私はストレスを和らげる香りを無意識に良い香りだと認識していたことになり、とても面白い。

読書

読書も実は抽象的な芸術体験だ。

文芸、という言葉に表れるように、文学は、記録や物語である以上に、言葉の組み合わせによって読み手に情動を喚起する言葉の芸術。

私は様々な時代の、様々な書き手の文章を読みながら、どのような言葉遣いが自分にフィットするか、心の状態を観察するのが好きだ。

最近は『紫式部日記』を読んだ。
婉曲的な言葉で葛藤を表した紫式部の言葉の端々から、当時の女性の中で最もキャリアウーマンに近かった平安内裏の女房の苦悩や、その先のやりがいのあり方を知ることができ、そうした心情表現の言葉が、今の自分の心の状態の表現としてもしっくりくる。

芸術に触れる生活をする

このように、様々な芸術のあり方を紹介したが、どれも現代の生活の中にありふれている。

日々の忙しい生活の中で、つい経済ニュースや上司からの指示など、外部の刺激に追われてしまうが、カフェで読書をする、家で音楽をかける、アロマを炊くなど、意識的に生活抽象芸術を取り入れることで、気分転換をしながら自分の情動を観察し、整えることができるのではないだろうか。

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