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「マグカップ」

自分だけの食器、という存在に地味に憧れていた。その時読んでいた漫画や本にもそんな思入れのある食器を持つ登場人物が多かった事も、妹がプレゼントにマグカップを貰うことが多く食器棚に彼女専用のマグカップが増えていく事も羨ましくなる要因だった。「人にプレゼントをあげる時は自分が貰って嬉しいものをあげなさい」なんてよく聞くけど、私はとてもマグカップが欲しくて逆にプレゼントしてしまう事が多かった。最近に至っても困ったり可愛いものを見つけると選んでしまうあたりその習慣は抜けていない。改めて考えると、貰ったアイテムと同じアイテムはプレゼントにチョイスしにくいので自らマグカップを受け取る機会を殺した結果になった。結局私は、友達から1度も私だけにとマグカップを貰ったことがなかった。

普通に考えて、そんなに自分専用のマグカップが欲しいなら自分で買えば良いじゃないとなるだろう。正論。まさしく。ただ、私は自分で用意した専用の食器ではなく人から貰った私専用の食器が欲しかった。特別感が欲しかったのかもしれない。妹と歳が近いことも理由だと思うが、基本的に親は私と妹に平等に物を与えてくれた。親戚も、お揃いになるようなものだったり2人で1つのものだったりとまとめてプレゼントしてくれることが多かった。私単体、というより妹とセットでプレゼントを受け取ることが多かったのだ。友達という存在が出来て初めて妹と別の形でプレゼントをもらう機会が出来た。そして冒頭に戻る。妹には家でも活用できる専用のアイテムがプレゼントされるが私にはなかった。人から貰ったものにケチをつけているわけではないが、やっぱり、欲しいなぁと自分だけのマグカップのいない食器棚を見ると少し寂しくなる。

一人暮らしを始めるとなった時、このマグカップ問題は変な方向に転がった。私はいわゆるマグカップセットのうちの1つを普段使用していたので、引っ越す時に連れ出せるマグカップがなかったのだ。諦めて自分用に1つ新しく買うかなぁ、なんて考えてた時、母が差し出してくれたのがキャラクターの描かれたマグカップだった。それはご当地限定品のもので、ショップで見かけて一目惚れした母が購入し大切にしまわれていたものだった。もらって良いの?って聞いたら仕方ないでしょ、可愛いから大切に使ってねと少々不満げな顔をされたのを覚えている。自分専用のマグカップが初めて出来た喜ぶ気持ちと、たまたまそうならざるを得ない状況で不本意な形のプレゼントだったことが分かる状況で後ろめたい気持ちとで正直複雑な気持ちだった。

生活していく上で、友達とお揃いで購入した別のマグカップも増えた。私はよくマグカップに茶渋がこびりつくまで使用してしまうので、汚すなら自分の買った物を、となんとなくそちらのカップを使う機会も多い。それでも、ふとそのキャラクターの描かれたマグカップを使うともらった時の記憶がかすめる。珈琲。紅茶。はじめてのひとり暮らしで心細かった時、このマグカップに助けられた事も多かった。ごく稀に訪れる眠れない時でもお湯を沸かして紅茶をゆっくり飲むことで寝付くことが出来た。何の力があるというわけでもないと思う。ただ、親元を離れているのにその時ばかりは1人ではないという安心感を得ることが出来るのだ。

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