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トレッドからレイジへ

「トレッド」というヒップホップのサブジャンルをご存じでしょうか。その名前に聞き覚えがなくても、その特徴を挙げればきっと「あれそんな名前だったのか」と思う方はいるのではないかと思います。

トレッドは未来感のあるシンセ、スロウダウンして用いるサンプリング、トラップ系のダーティな808、そして160から190前後の早いBPMが特徴です。オリジネイターはF1lthyやOogie Maneらが所属するフィリーのプロデューサーチーム、Working On Dyingです。Working On DyingはLil Uzi Vert周辺から登場したプロデューサーチームで、Oogie Maneは近年DrakeやBaby Keemも手掛けており、F1lthyもPlayboi Cartiの2020年作「Whole Lotta Red」でメインプロデューサーを務めるなど現在人気を拡大しています。

私がトレッドを知ったのは今年の4月。トラップの派生ジャンルについて調べている時に知りました。以前からこのタイプのビートは耳にしていたものの、言葉の存在を知って急に見えてくるものがあり、すぐにこのスタイルの虜になりました。特に好きなのがオハイオのラッパー、CHXPOの「Mobb」という曲です。プロデュースはF1lthyとForzaの二人。トレッドの妖しく早いビートが、CHXPOのふてぶてしいラップの魅力を見事に引き出した良曲です。

Working On Dyingに興味が湧いた私はインタビューを探しました。そしてThe FADERによるインタビューを読んだところ、そこでこんなことが語られていました。

Working On Dyingで一緒に音楽を作り始めたのは、Meek Millがデビューアルバムを発表して、彼が腕を磨いたサイファーにフィリーのシーンが目を向けていた時期だった。F1lthy、Oogie、Loosie、Brandon、Forzaの5人は、代わりにインターネットに目を向け、同じ考えを持つコラボレーターやリスナーのコミュニティを発見した。F1lthyは次のように語っている。「みんなフィリーの音楽にこだわっていた。俺は"そんなものはどうでもいい。誰とでも仕事ができる "と思っていた」。

フィリーは以前からFreewayやCassidyなど、MCバトルやサイファーでスキルを磨いたラッパーを多く輩出してきました。Meek Millもその系譜にあります。私が住む新潟もそういったフリースタイル文化の人気が高い地域ですが、私はそことはあまり接点がなくブログではアルバムのレビューを中心に書いてきました。そのためフリースタイル文化に興味を持てずにインターネットに目を付けたと語るWorking On Dyingに親近感を抱き、このトレッドというスタイルを紐解きたいと思うようになりました。

まず、同インタビューでF1lthyがMetro ZuやSpaceGhostPurrpからの影響を語っていることに注目しました。そして、そのMetro ZuやSpaceGhostPurrpを育んだフロリダのヒップホップ史を振り返り、トレッドに繋がるような要素を発見。こうして大まかなルーツが見えてきたところで、トレッドをテーマに記事を書こうかと考えました。しかし、トレッドが盛り上がったのは2016年から2017年頃。Working On Dyingに勢いはあるものの、今トレッドへの注目度は決して高いとは言えない状況です。そのため心にしまっておこうと思い、記事にすることはありませんでした。

それから少し経ち、オハイオのラッパーのTrippie Reddのシングル「Miss The Rage」が話題になり始めました。Playboi Cartiをフィーチャーした同曲は、サイバーなシンセを前面に押し出したトラップビートにPlayboi Cartiをフィーチャーしたもの。エモーショナルなTrippie Reddと奇怪なPlayboi Cartiのラップが、ビートと抜群の相性を発揮した同曲はヒットしただけではなく、個人的にも非常に印象深い曲です。

そして、この曲でTrippie Reddが取り組んだスタイルに「レイジ」という名前がついていることを知りました。「Miss The Rage」のヒットから急速に浸透していったこのスタイルは、8月20日にリリースされた「Trip At Knight」(ほぼ全曲がレイジ!)以降にさらに盛り上がっていきました。

このレイジというスタイルを知った時、私の頭に浮かんだのはDJ Khaledの「I'm So Hood」などのフロリダ勢による2000年代半ばから後半の曲でした。これはトレッドについて調べ、考えた際に浮上してきたことの一つです。中でも「I'm So Hood」でプロデューサーデュオのThe Runnersが鳴らしたサイバーなシンセは、かなりレイジと近いものがあります。今なら2007年のリリース当時とは違う印象で聴けるのではないでしょうか。

また、「Miss The Rage」に客演しているPlayboi Cartiの「Whole Lotta Red」も、レイジが注目を集めるにつれてその先駆け的な作品として再評価が進んでいきました。先述した通り、同作でメインプロデューサーを務めたのはWorking On DyingのF1lthyです。これらのことからレイジとトレッドの繋がりを感じました。そこで、トレッドについて調べたことを使いつつ別の角度も加えて書いたのが、先日Mikikiに寄稿した記事「レイジ(Rage)のサウンドはどこから来た? 新たなヒップホップ・ムーヴメントのルーツを辿る」です。今年の大きなトピックの一つであるレイジを、より楽しむ手助けになれれば幸いです。


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