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NYのR&Bラップ

音楽クリエイター支援サービス「Soundmain」のブログに、「女声ボーカルのサンプルを取り入れたヒップホップトラックの名曲を時系列で辿る」という記事を寄稿しました。

ヒップホップ史における女声ヴォーカルのサンプリング使用例を振り返るものになっています。Big Daddy KaneLL Cool Jの作品でのMarley Marlの女声ヴォーカル使いを取り上げていますが、NYではこういったR&B的な要素の導入が盛んに行われてきました。NYといえばブーンバップや近年ではNYドリルのイメージが強いですが、今回はこのようなNYヒップホップにおけるR&B要素の導入について書いていきます。プレイリストも制作したので、あわせて是非。


1980年代からあったR&B的なメロウネス

先述した通り、Soundmainの記事ではMarley Marlによる女声ヴォーカルサンプリング使用例を取り上げています。Marley MarlはR&B風味の曲に初期から挑んでおり、主催レーベルのCold Chillin'からリリースした初のアルバムであるMC Shanの1987年作「Down by Law」にも、フックで歌声をフィーチャーした「Left Me Lonely」を収録しています。Soundmainの記事でも取り上げたBig Daddy Kaneの作品でも、1988年リリースの1stアルバム「Long Live the Kane」収録の「The Day You're Mine」などでR&B風味のメロウな作風を披露。その後もMasta Aceが1990年にリリースしたアルバム「Take a Look Around」に収録された「Brooklyn Battles」など、R&B要素を取り入れたサウンドを聴かせてきました。

また、Soundmainの記事でも取り上げたLL Cool Jも初期からR&B的なメロウ曲を得意としていました。1987年には名曲「I Need Love」でスウィートな路線を披露。その後も1989年作「Walking with a Panther」収録の「One Shot at Love」やSoundmainの記事で触れた「Around The Way Girl」、1995年作「Mr. Smith」収録の「Hey Lover」など、メロウな曲を多く発表していきました。

そのほかにもHeavy D & The Boyzも1987年リリースのアルバム「Living Large...」に収録された「Don’t You Know」など、ヒップホップ黎明期からR&B的なメロウ路線は多く作られていました。ニュージャックスウィングの代表格でもあるHeavy D & The BoyzはR&Bとの距離が近く、ダンサブルな路線でシンガーをフィーチャーした曲も多く発表。そしてその周辺から登場した人物が、ヒップホップとR&Bの距離をさらに近づけていきました。


Diddy周辺などが1990年代に進めたヒップホップとR&Bのクロスオーバー

Heavy D & The Boyzが所属していたレーベルのUptown RecordsでインターンをしていたPuff Daddy(現Diddy)は、1990年代前半からプロデューサーとしての手腕を見事に発揮していきました。1992年にはシンガーのMary J. Bligeのアルバム「What’s the 411?」をプロデュース。ヒップホップのビートでソウルフルに歌う新たなサブジャンル「ヒップホップ・ソウル」を提唱しました。Mary J. Bligeはシンガーですが、そのラフな魅力もある歌い方は現代ならラッパーと呼ばれていてもおかしくなかったかもしれません。

1993年には自身のレーベル、Bad Boy Recordsを設立。1994年には看板ラッパーのThe Notorious B.I.G.のデビューアルバム「Ready to Die」をリリースします。同作にはストイックなブーンバップ路線のほか、「One More Chance」「Juicy」とR&B系の曲も収録。批評的にも商業的にも成功を収めた同作は、NYヒップホップのマスターピースの一につなりました。また、1996年にはThe Notorious B.I.G.がフックアップしたLil Kimがアルバム「Hard Core」をリリース。ここでも「Not Tonight」のようなメロウ路線の名曲を生み出しました。

その後もBad Boy Recordsからは1997年にThe Notorious B.I.G.の2ndアルバム「Life After Death」が登場。「Miss U」「Sky’s the Limit」などでR&Bのメロウネスをヒップホップに注入していました。また、Maseの1stアルバム「Harlem World」でも「Love U So」などR&Bシンガーが歌うメロディアスな曲を収録。Puff Daddy & The Family名義でリリースされたアルバム「No Way Out」でもCarl ThomasFaith Evansなどが歌うR&B系の曲を聴かせ、R&Bとヒップホップのクロスオーバーをトレードマークに名作を生み出していきました。

そのほかにもA Tribe Called Quest「Stressed Out」Big Pun「Still Not a Player」など、NYでは多くのラッパーがR&B風味のメロウ路線に挑戦。ブーンバップのイメージに反して、柔らかな魅力を持った名曲が充実していきました。


Ja RuleやG-Unitなどが活躍した2000年代

2000年前後には、ダミ声でメロディアスなフロウを用いるラッパーのJa Ruleがブレイクしました。Ja Ruleを送り出したレーベルのMurder Inc.はBad Boy Recordsの路線を踏襲しており、Ja Ruleもそのラップスタイルが活きるメロウ路線にたびたび挑戦。特にシンガーのAshantiとのタッグは人気が高く、2001年の「Always On Time」や2002年の「Mesmerize」など多くの名曲を生み出しました。

また、Ja RuleとMurder Inc.の宿敵である50 Centもアルバムに毎回メロウなR&B路線を収録していたラッパーです。お蔵入りしたアルバム「Power of the Dollar」に収録予定だった「Thug Love」のほか、2003年の大ヒットアルバム「Get Rich or Die Tryin’」にもNate Doggがフックを歌う「21 Questions」を収録。クルーのG-Unitでの2003年作「Beg for Mercy」でもJoeをフィーチャーした「Wanna Get to Know You」でメロウ路線に挑んでいます。Lloyd Banks「Karma」Tony Yayo「Curious」など、G-Unitのほかのメンバーもアルバムの中にメロウ枠を用意。ハードなイメージのG-Unitながら、やはりThe Notorious B.I.G.の諸作を踏襲したような作品を作っていきました。

そのほかFabolousなどもR&B風味のメロウな良曲を多く発表。後にG-Unit入りするMobb Deepも2001年に112をフィーチャーしたシングル「Hey Luv (Anything)」をリリースするなど、バウンスやクランクといったクラブバンガー路線を横目に伝統を繋いでいきました。

2000年代後半はNYからあまり大きな新人は出てきませんでしたが、Fabolousや50 Centなどは(勢いを落としつつも)メインストリームで活躍を続けていました。両者は共にNe-Yoと組んだシングル「Make Me Better」「Baby By Me」などのR&B風味の曲を引き続き発表。また、Fat Joeフロリダ勢と接近しつつも、J. Holidayをフィーチャーした2008年のシングル「I Won’t Tell」などNYマナーのR&Bラップ路線を残していきました。


変わりゆく時代の中で変わらないもの

2010年代に入るとA$AP RockyFrench Montanaなど、NYらしさにこだわらないラッパーが次々とブレイクを掴んでいきました。しかし、2010年代半ば頃にメロディアスなラップを聴かせるA Boogie Wit Da Hoodieが登場。一聴すると全米仕様のトラップ系ですが、メロウなR&B風味を忍ばせたそのスタイルは本稿の分脈ではNYマナーとして受け入れることができると思います。その後も同タイプの歌フロウ使いのLil Tjayが登場し、やはりメロウな曲を多く収録したアルバム「True 2 Myself」を2019年にリリース。そのほかDiddyの息子でラッパーのKing Combsが父の路線を継承した音楽性で登場するなど、少しずつNYのR&Bラップが再び増えていきました。

そして2019年頃にブレイクした故Pop Smokeが、2020年に遺作となるアルバム「Shoot for the Stars, Aim for the Moon」をリリース。NYドリルのイメージが強いラッパーでしたが、Lil Tjayをフィーチャーした「Mood Swings」やFabolousの曲のリメイク的な「Something Special」などR&Bラップ系の曲を多く収録していました。

同作の影響ではないようですが、それと前後してNYドリルシーンではB-Lovee「My Everything」Sleepy Hollow「Deep End Freestyle」といったR&Bネタ使いが増加。現在はR&Bにこだわらず大ネタなら何でも使われていますが、「サンプル・ドリル」と呼ばれる新たなムーブメントに繋がっていきました。今年に入ってからはNYドリルシーンのトップランナーの一人、Fivio Foreignがサンプル・ドリルの流れを汲んだアルバム「B.I.B.L.E.」をリリース。The Chainsmokersネタの「City of Gods」が話題を集めていましたが、「What’s My Name」でのDestiny’s Childネタや「Love Songs」でのNe-Yoネタなども収録していました。

ブーンバップに始まり、Swizz Beatzなどのクラブバンガーの時代を経て、トラップ、そしてNYドリルとサウンドを変化させてきたNYのヒップホップ。そんな変わりゆくスタイルの中、R&Bの要素は唯一変わらないものだったのかもしれません。


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