いま再注目のレゲトンとは? 特徴はリズム「デンボー」にあり【サウンドパックとヒップホップ 第10回】
私が「サウンドパックとヒップホップ」と「極上ビートのレシピ」の連載を行っていたメディア「Soundmain Blog」のサービス終了に伴い、過去記事を転載します。こちらは2022年9月20日掲載の「サウンドパックとヒップホップ」の第10回です。
なお、この記事に登場する曲を中心にしたプレイリストも制作したので、あわせて是非。
全米チャートの常連となったレゲトン
前回取り上げたサブジャンル「プラグ」は、アトランタのヒップホップシーンから始まってインターネットを通して広がり、近年はR&Bやハイパーポップなどと結び付いて発展を遂げているスタイルだった。しかし、プラグがあくまでヒップホップのサブジャンルに留まるのに対し、ヒップホップをルーツに持ちつつも完全にジャンルとして独立しているものもある。現在ではすっかり全米チャートの常連となったジャンル「レゲトン」だ。
レゲトンは、ヒップホップとレゲエの影響を受けてプエルトリコで生まれたジャンル。例外はあるものの基本的には「デンボー(Dembow)」と呼ばれる3-3-2のスネアと4分の4拍子のキックを鳴らすリズムを特徴としており、そのリズムはLEXが先日リリースしたシングル「With U」やBeyoncéの最新アルバム『Renaissance』の一曲目を飾る「I’M THAT GIRL」などでも聞くことができる。
今年はレゲトンにとって重要な年だ。と言うのも、ジャンルの代表格であるDaddy Yankeeがアルバム『Legendaddy』のリリースとツアーの開催を最後に引退を宣言したからだ。Daddy Yankeeはレゲトン史において何度かの重要な瞬間を生み出しており、誰もが認める「キング・オブ・レゲトン」だった。Daddy Yankeeがいたからこそレゲトンがここまで来ることができたのだ。
しかし、別のアーティストを「キング・オブ・レゲトン」と呼ぶSNSの投稿が大きな話題を集めた。NY出身のラッパー、N.O.R.E.がファンからその称号で呼ばれたのだ。N.O.R.E.は基本的にはヒップホップのアーティストだが、2004年にリリースしたシングル「Oye Mi Canto」でレゲトンに挑んでいた。同曲を収録した2006年のアルバム『N.O.R.E. y la Familia…Ya Tú Sabe』でもレゲトン路線を多く導入している。N.O.R.E.本人もこの「キング・オブ・レゲトン」コメントに反応し、「俺はキングじゃないかもしれないが、レゲトンをアメリカでポピュラーにしたのは確かだ。俺がやるまで誰もやっていなかった」とツイートしていた。
「Oye Mi Canto」の例のように、プエルトリコで生まれたレゲトンはアメリカのヒップホップと繋がりながら発展してきた。そこで今回はレゲトンとヒップホップの接点を振り返っていく。
レゲトンの誕生とヒップホップ
レゲトンに繋がるような、ヒップホップとレゲエが交差するスタイルは1980年代から発見できる。1980年代半ば頃はRun DMCのヒットなどによりヒップホップが発展し、他ジャンルとのクロスオーバーも増えていた。レゲエもヒップホップの影響を受け、逆にヒップホップでもKRS-Oneなどがレゲエの影響を受けた作品を発表。1988年にはUKのラッパーのAsher Dとジャマイカのレゲエディージェイ(※)のDaddy Freddyがアルバム『Ragamuffin Hip Hop』をリリースし、その距離の近さを示した。レゲトンでよく使われるトースティングとラップの中間のようなヴォーカルもこの時期に発展し、先述したKRS-OneのほかにもFu-SchnickensやSpice 1などの作品で聴くことができる。レゲトンが生まれたプエルトリコでもLisa Mなどが取り組んでいた。
※deejayとも。レゲエにおいてはトースティングと呼ばれるビートに乗せてリズミカルなスピーチを行う手法を行う人のことを指し、その役割はむしろラッパーに近い。
そんな時代だった1990年に、ジャマイカのレゲエディージェイのShabba Ranksがリリースしたシングルが「Dem Bow」だった。レゲトンのリズムはここから始まり、DJ Playeroが1992年にリリースしたアルバム『Underground』などで取り入れられた。レゲトンの発祥時期やオリジネイターについては未だ不透明な部分が多いが、米メディアのRemezclaはDJ Playeroをレゲトンのパイオニアの一人として指摘している。同メディアが行ったDJ Playeroのインタビューによると、「レゲトン」という言葉を生み出したのはどこかのメディアであり、DJ Playeroが1992年に発表したミックス『Playero 36』に参加したDaddy Yankeeがすでにその言葉を使っていたという。DJ Playeroのこの頃の作品ではデンボーだけではなくヴォーカル面も完全にレゲトンのもので、この時期にはすでにレゲトンが確立していたことが伺える。また、RamezclaのDJ Playeroインタビューでは「レゲトンになる前はぺレオと呼ばれていた」と語られているが、このペレオという言葉は後に再登場する。
こうしてレゲトンが発展していった一方、1990年代のヒップホップシーンではラテン要素やスペイン語の導入の取り組みもあった。初期はNoreaga名義で活動していたN.O.R.E.も、1998年にリリースした1stアルバム『Mathematics (Esta Loca)』収録の「Mathematics (Esta Loca)」でスパニッシュギターを使ったビートでスペイン語を交えたラップを披露。そのほかThe BeatnutsやFat Joeなどがラテン要素やスペイン語を取り入れ、ヒップホップ色の強いラテンポップスターのJennifer Lopezのようなアーティストも登場した。
2000年代前半には、Sean Paulのブレイクなどでレゲエに注目が集まる流れも起きた。Beenie ManやElephant Manなどのレゲエディージェイはヒップホップ作品にもたびたび客演。メインストリームを舞台にレゲエとヒップホップのクロスオーバーが進んでいった。こうしてレゲトンとヒップホップが本格的に繋がるまでの道は、徐々に整備されていった。
レゲトンとヒップホップのクロスオーバーと新たな動き
このレゲエブームとラテンブームの二つを汲んだタイミングで登場したのが、先述したN.O.R.E.のシングル「Oye Mi Canto」だった。すでにレゲトン界では大物になっていたDaddy Yankeeだが、同曲の後アメリカでも人気が上昇。続くシングル「Gasolina」が大ヒットを記録し、ジャンルごと一躍ブレイクを果たした。
「Gasolina」以降、レゲトンとヒップホップのクロスオーバーが多く生まれた。Daddy YankeeもLloyd BanksとYoung Buck、Snoop Dogg、Paul Wall……などなど、多くのラッパーと共演。そのほかWisin & YandelがJa RuleやBone Thugs-N-Harmonyと組むなど、ヒップホップとの繋がりを強固にしていった。また、Lil Jonとのタッグによるクランク路線で人気を集めたPitbullは2004年の1stアルバム『M.I.A.M.I.』でレゲトンの要素を導入。その後Daddy YankeeやIvy Queenなどとも共演し、N.O.R.E.に続いてレゲトンとヒップホップを積極的に繋いでいった。ヒップホップDJのTony Touchも2005年にレゲトン路線のアルバム『The Reggaetony Album』をリリースし、2007年にはその続編も送り出した。しかし、この「Oye Mi Canto」以降のブームは長く続かず、ヒップホップ勢との共演曲も2007年頃をピークに徐々に減少。ラテン音楽の中でのレゲトンの熱気は衰えていなかったものの、ヒップホップリスナーの心からは離れていった。
その状況が変わったのが、Luis Fonsiが2017年に放ったシングル「Despacito」の大ヒットだ。Daddy Yankeeをフィーチャーした同曲のMVは、3か月で10億回を超えるYouTubeの再生回数を記録。Justin Bieberを迎えたリミックスも制作された。この後はレゲトンへの注目が再び高まり、J BalvinやBad Bunnyなどの作品にDrakeやPharrell Williamsといったヒップホップ勢が参加。レゲトン隣接ジャンルのラテン・トラップの盛り上がりもあり、ヒップホップとレゲトンの交流が本格的に再開された。
また、2010年代後半にはメインストリームでの動きだけではなく、より越境的でエクスペリメンタルなレゲトンに取り組むアーティストも現れた。チリのラッパーのTomasa del Realが提唱したスタイル「ネオペレオ」――そう、「レゲトン」という名前が生まれる前にそう呼ばれていたという「ペレオ」だ――は、デンボーを使いつつもDIY精神を感じさせるエレクトロニックで捻りの効いたスタイルで近年注目を集めている。Tomasa del Real以外にはMs NinaやBEA PELEAなどが取り組んでおり、Arcaがアルバム『Kick』シリーズで聴かせたものもこれに分類されるだろう。そして、ArcaやBEA PELEAの作品にはWondaGurlやF1LTHYなどのヒップホップ系プロデューサーも関わっており、Tomasa del Realの曲「Bellaca Del Ano」ではトラップでよく使われるサイレンが取り入れられている。やはりヒップホップとの接点を持ったスタイルなのだ。
デンボーの持つ強い磁力
こうしてレゲトン史を振り返ると、デンボーこそ多くの曲で共通して使われているものの、サウンドの幅はかなり広いことがわかる。言い換えれば何をやってもデンボーさえ使えばレゲトン感が出るということで、デンボーというリズムの持つ強い磁力が感じられる。ヒップホップとの交流史を見ても、2005年リリースのDaddy YankeeとSnoop Doggの共演曲「Gangsta Zone」ではDr. Dreのような硬質なピアノ、2018年リリースのJ BalvinとDrakeの共演曲「MÍA」ではOVO(※)マナーのクールなシンセが自然と溶け込んでいる。
※OVOはDrake率いるレーベル。クールで浮遊感のあるサウンドのアーティストが多い。なお、所属アーティストのPARTYNEXTDOORも「LOYAL」のリミックスでBad Bunnyと共演している。
ヒップホップ以外の分脈では、ディープハウスとレゲトンを融合させた新たなジャンル「ディープレゲトン」を生み出したマイアミ育ちのDJ Pythonのような例もある(マイアミでレゲトンに挑んでいたPitbullの功績?)。Arcaと縁の深いBjörkの最新シングル「Atopos」もネオペレオをオーガニックに作り上げたようなユニークなものだったし、レゲトンの可能性は広がり続けている。
サウンドパック、特に単音ではなくメロディやリズムのループ素材を使うと「オリジナリティが出ない」という意見もある。しかし、デンボーという同じリズムを使いつつも多様な表現が生まれているレゲトンを聴けば、そんな杞憂は吹き飛ぶはずだ。Soundmainで配信されているレゲトンのサウンドパック「Tropical Dembow」にも、「AArsenal_Drum-01_Loop_104bpm_TropicalDembow.wav」などデンボーの素材はもちろん収録されている(※2024年現在は配信停止)。サウンドパックを入手していつでもすぐにデンボーが組めるようになれば、効率良く試行錯誤もしやすいはずだ。
また、普段ビートメイクを行わないラッパーやシンガーでも、デンボーだけループしてレゲトン用のデモを作るような使い方もできる。今すぐサウンドパックをダウンロードして、自分ならではのレゲトンを作ってみてはいかがだろうか。
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