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「R&Bとテクノロジー」を考える

音楽ライターのimdkmさんが刊行したZINE「音楽とテクノロジーをいかに語るか?」を読みました。

これはタイトル通り「音楽制作のテクノロジーと音楽がいかに関わるか、そしてその関係をどのように語ることができるか?」を考えるためのガイドブック的な一冊で、書籍やドキュメンタリーの紹介をメインに論考も収録したものになっています。

このZINEを読んで私がまず思ったのが、「テクノロジー」というものが指す範囲の広さがイメージを越えていたことです。これを読むまでは「テクノロジー(=新しいもの)」といえば、例えばオートチューンやDAWのようなもののイメージでした。しかし、このZINEではこんな一文も登場します。

21世紀の現在まで最も音楽のかたちに影響を与えたテクノロジーとはなにか? と問われれば、おそらく五線譜だろう。

言われてみれば確かにそうなのですが、これはなかなか衝撃的でした。また、このZINEにはテクノロジー年表も収録されています。この年表もかなり刺激的で、ZINEを一冊読み終える頃には「音楽とテクノロジーを(自分なら)いかに語るか?」という気持ちになっていました。

このZINEはヒップホップやダンスミュージック、電子音楽にまつわるテクノロジーを中心に取り上げています。しかし、私がこのZINEを読んで真っ先に考えたのが「R&Bとテクノロジー」のことです。例えばMarvin Gayeの名盤「What's Going On?」などに代表される多重録音は、本来複数人で歌うはずのゴスペル系譜のコーラスを、テクノロジーによって一人で歌った手法と言えると思います。「What's Going On?」は暖かく人間味のある表現のように響きますが、テクノロジーがなければ成立しなかった表現なのです。

多重録音はR&Bの基本テクニックとなり、それを用いた曲の代表例を選ぶことが困難なほど溢れ返りました。また、一人でグループのような表現をする例も多く、例えば「イントロ→ヴァース→フック→ヴァース→フック→ブリッジ→フック」という構成の場合、多重録音で作ったフックをコピー&ペーストするように配置し、ブリッジ明けのフックでは配置されたヴォーカルをまるでゴスペルのコーラス隊のように扱い、さらに熱唱するということがたびたびあります。もはや当たり前のように聴いていますが、これはテクノロジーがなければ絶対に成立しない表現です。

この「一人で歌えない構造のヴォーカル表現をテクノロジーの力によって一人で歌う」という発想は、ラップのアドリブにも当てはまることです。かつてはPublic EnemyFlavor Flavのようにハイプマン(サイドMC)がアドリブを入れていましたが、徐々にThe Notorious B.I.G.のようにアドリブを自分で入れるラッパーが増加。2000年代に入るとFatman ScoopLil Jonのようなハイプマンも人気を集めますが、2000年代半ば頃にはYoung Jeezyに代表されるアドリブを自ら入れるラッパーの時代に再び突入します。Young Jeezyのアドリブの入れ方はヴァースとかなり被っており、明らかに一人で歌う構造ではないです。このスタイルはMigosRich Homie Quanなど後進のスタンダードになり、それがChief Keef発祥とされる「エイ・フロウ」などにも繋がっていきました。

また、A$AP RockyTravis Scottのように、アドリブにピッチ調整やエフェクトを加えるラッパーも登場。アドリブはラップと並んで、ラッパーにとって重要な表現方法になりました。テクノロジーによって複数人で歌う構造の曲を一人で歌えるようになり、そこからさらにテクノロジーによって新しい表現が生まれていく。ヒップホップやR&Bは、一見肉体的な表現に見えてもかなりテクノロジーを使って発展してきた音楽なのです。

話をR&Bに戻すと、オートチューンの使用がR&Bシーンから広まったことも重要なポイントです。ZINEの年表でTRITONを使用したプロデューサーの代表例として名前が挙がっているThe NeptunesTimbalandも、最初の活動領域はヒップホップよりもR&B寄りでした(Swizz Beatzはヒップホップ寄りでしたが)。J Dillaの功績がここまで大きなものになったのも、ヒップホップ仕事だけではなくJanet Jacksonのようなシンガーの作品や、D'angeloの名盤「Voodoo」があってこそでしょう。よれたグルーヴの美学はSoulquarians抜きでは語れません。そのほかにもGarageBandのプリセット音源から制作したというRihannaの名曲「Umbrella」Usher「Love in This Club」など、R&B文脈でテクノロジーの積極的な活用例は多く見られます。

KelelaThe Harvard Crimsonのインタビューで、自身の音楽が「革新的」や「未来的」とされ、R&Bの再定義だと言われることについてこう話しています。

R&Bの前に 「革新的な」を付けると、R&Bがベーシックなものだと思われてしまう。それは本質的に人種差別だと思う。反射的にハッピーな気分にはなれない。でも、みんなが評価してくれていることはありがたい。R&Bを奇妙でクールで新しいものにし、重層的なものにしてきた伝統や、革新的な先人たちを、私は常に再帰的に指さしているつもりです。

Kelelaのようなアーティストは確かにエッジーな音楽を作っていますが、振り返ってみるとR&Bとは元々テクノロジーをフル活用する革新的な音楽です。何よりも人間の「歌」を重視する肉体的な音楽でありながら、ライブでの再現性という極めて肉体的な制約からも解き放たれたその探求精神には、改めて敬意を表していきたいと思います。

「音楽とテクノロジーをいかに語るか?」は、音楽とテクノロジーについて考えるきっかけになる一冊です。また、全てを読めていませんが、ここで紹介されている書籍の数々もきっとそうだと思います。素晴らしいアーティストやテクノロジーだけではなく、素晴らしい音楽書/音楽関係本を残してくれた方々にも敬意を表したいです。そんな音楽書/音楽関係本をピックアップするTURNのリレー書評連載「From My Bookshelf」に、私も参加しました。単発ではなく、いずれ私のターンがまた回ってきます。私の初ターンでは、日本でブルースがどのように聴かれていたのかを描いた書籍「ニッポン人のブルース受容史」を取り上げています。皆さま是非。

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