幽霊になった私
いつから私は幽霊になったのだろうか。
今朝、トイレに起きたら廊下ですれ違った父が私を見て飛び退った。がたいが良く強面の父が驚く姿はおかしかったが、まだ眠くてぼんやりしている私は無言でそんな父の前を通り過ぎた。
昨日、私はリビングで1人ソファに座ってぼんやりしていた。少しすると母が夕食の準備をしにリビングの隅にある小さなキッチンにやってきた。
トントントントン。
母は軽快なリズムで食材を刻む。
そんな母を横目にしばらくテレビを観ていると、唐突に母の悲鳴が上がった。
私はその声に驚いて勢いよく立ち上がる。
母は心臓の辺りを手で抑えて言った。
「いつ入ってきたの? 」
3ヶ月前、バイト中に聞きたいことがあったので唯一私に優しくしてくれるパートのおばさん、伊藤さんの側に行った。
でも、緊張してなかなか声を掛けられない。
刻々と時間ばかりが流れていく。
このままじゃ埒が明かない。
私は伊藤さんの背後から勇気を振り絞って声を掛けた。
「あの。」
「ぎゃあっ。」
私の一声に伊藤さんは叫び声を上げた。こちらを振り向いた伊藤さんは過呼吸のようになっていていつまでもはあはあと荒い息をついている。
まるで宇宙人か幽霊でも見たかのような反応だ。
「ごめ・・・んね。いつも驚いてばかりで・・・。失礼だよね。」
伊藤さんは息も絶え絶えにそう言った。
いつも驚かしてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいで私も謝罪した。
その後もなぜか伊藤さんは私が側を横切ったり、声を掛けたりする度に驚いてはあはあと息を切らす。
そこで私は思いついた。
そうだ。いつも嫌がらせをしてくるあのお局をおどかしてやろうと。
私はさっそく店内で商品を陳列している憎きお局にそっと近づき、側に立った。
まだかな。まだかな。
わくわくしてその時を待つ。
「何してんの? 」
お局の鋭い声が響き私はビクッと肩を震わせた。
その眼光の鋭さに思わず俯いてしまう。
「ぼさっと突っ立てないでこれやってよ。」
私の足元に商品が入った段ボールが乱暴に投げられた。
「これもこれもよろしく。」
お局は側にあった商品を全部こちらによこしてくる。
「私やることいっっぱいあって忙しいんだから。」
そう言い捨ててどすどすとどこかに歩いていくお局を目で追った。
お局は他のパートの人と井戸端会議をしている。
私は商品を陳列しながらお局にじっとりとした視線を浴びせかける。
そこに忙しそうな様子の伊藤さんが背後を通ったので私はすばやく振り返って
「お疲れ様です。」
と声を掛けた。
「ぎゃっ。」
いつものように伊藤さんは飛び上がり、はあはあと肩で息をする。
私は小さくため息をついた。
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