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先生!宿題が多い!


 昨年01月26日から
小中学生への学習支援で得た知見を基に
色々書き始めて87回目です。

 前回もお話ししましたが、
学習支援に「宿題」を持ってくる生徒が少なからず、います。

 どうやら、中学になると教科別に担当する先生がいるため
別々に出される「宿題」の総量調整なんて無さそう。
 そのため、家でやっているだけでは間に合わないようです。

 しかも、「宿題」の出し方は
一昔前に多かった手作りプリントがあまり見当たらず、
ワークブックやノート提出など、いろいろ。

 確かに、学習は教室だけで終わらないことが多いし、
記憶は覚えた瞬間から忘れ始め、
日を追うごとに内容が薄れてゆくという
脳科学上の定石
「ヘルマン・エビングハウスの忘却曲線」を応用した
記憶システムの呼び起こしを目的に
「宿題」の予定を組む場合もありますが、
それにしても、多い!

 出された側の生徒は、
宿題の洪水で溺れかけています。
 そして、最初から宿題をやらない生徒や
提出物を出さない生徒が増えてゆきます。

 学習支援では、
生徒の学習進展のため
いろいろな方法で手助けをしていますが
一番困るのは
問題の解き方ではなく、答えだけを聞いてくる
生徒が増えている点です。
 
 答えさえ解ればいいという学習方法だと
「宿題」で出された問題は解けますが
「なぜそうなるか」の理解には結びつきにくいので
応用は期待できない。 

 こうして、
学習を通して覚えておいてほしい内容とはかけ離れた
テスト対策の知恵が増えてゆくと
「知らなかったことが、解ってゆく」という
「学習」の面白さに気がつかない状況が生まれ
勉強嫌いを生んでしまいます。

 学習の躓きの原因は多岐に渡りますが
多すぎる「宿題」にも問題がありそうです。

 先生の「より深く理解してほしい」という
善意に満ちた方法が
結果として、
生徒から「学ぶ楽しさ」を得る機会を失わせ
本来と、逆な作用をしているかもしれません。

 学習効果という面から
もう一度、考えたい「宿題」の持つ側面です。

子どもたちの学習に関与している方々へ

 「宿題」は出せばいいというものではありません。
学校での「学習」で得た知識を応用し
家庭学習を通して更に「学び知る面白さ」を得る機会として、
何とか活用できないものでしょうか?

 学習支援者としては、
生徒が用意してくる教材を使って
「なぜそうなるの?」「どうして、この答えが出るの?」
というような声掛けを続けてゆくしかない気がしています。

 少しややこしくて、面倒かもしれませんが
根気よく、丁寧に、生徒に対応してあげてください。

皆さんが、
善き手本として、また善き話し相手として
近くで寄り添ってくださることを願っております。

23.NOV.2022.ARAI