私たちは植物のように愛し合った⑤

許されたいんだ。
何にって君だよ、お前、君、キミ、俺を愛しているはずの君に許されたいんだ。
だって俺は君をいつでも許す準備してる。

女の人は、正面より横顔のほうが迫力ある。
怒ってる時の事だよ。
般若のオーラみたいなのが横顔には見える。
正面だとかわいいね、きれいだねと内心で思ってしまうからね、怒ってるのにね、心を読まれたらもっと憎たらしい人だ、この男ってなるでしょう。

暴力はなかったけど、その怒りは皮膚を破く。
だけど破れる前に笑顔してみせる。
もしかして、今日のご飯、蕎麦かな、茹でただけの蕎麦かな、昨日だっけか、食べ物の中で蕎麦が一番好きって言ったから。
蕎麦は好きですよ、蕎麦を目の前にしている時は、一番好きって言いますよ、でも鴨とかいたらもっと嬉しいかもなぁ、蕎麦より鴨に美味しいって言いやすいよね、出汁だけだとしてもさ、この出汁がいいね、って言ってしまうよ、それは蕎麦ではなく麺汁が好きだと言いますか、どうかな、茹でて待たされて怒ってのびきったざるそばは、まさにざるに縋って曲がった背骨の繊維みたいに見える。
ある感覚の記憶を描写した絵画に見える。

食べなくちゃダメだな。

彼女の世界から逃げて、のびきった蕎麦を食べる準備を始める。
何してんの?
食べる。
のびてるし。
知ってるし。
美味しくないと思う。
食べる。
準備した箸が宙を舞い、テレビの後ろの壁にぶつかって、箸の一本と一本が離れ離れになった。

ゆっくりと立ち上がるぞ。

何となく腰が怠いので、のそのそ箸を拾う。
汚ない。
大丈夫。
ズボンのポケットあたりで箸を拭う。
新しい箸、持ってくる。
俺は許されたいのだ。愛する君に。いつでも君を許す準備はできてる、何があってもだ。例え別の男と淫らな事をしたとしても、別の男とおんなじ事しながらまた君を抱きしめて愛するよ、愛が爆発するよ、君を玩具だなんて思ってないんだ。
俺を許せるかな、君が俺を許せるのか、知りたくて知りたくてうずうずしてしまうんだ。

だから簡単に便利な赦しを求めてしまうね。

蕎麦を啜る力が弱っているのか、中々口の中に入ってこない。
麺欲張りすぎ。
なるほど。
数本にすればスルスル口の中に入ってくる。
だけど満足できないな。
俺、蕎麦好きじゃないのか。

好き、って何だっけ。

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