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それでも人間に期待していたい

立春|東風解凍
令和6年2月5日

立春だ。七十二候では東風解凍(はるかぜこおりをとく)にあたり,東からの温かい風が春を期待させる時期を指す。ところがそんな風はどこふく風。居を構える南アルプスでは昼前から大雪となった。

家の前の道路は広域農道から少し入ったところにあり車の通りはほとんどない。昨年の大雪のときにも近所の方の支援により除雪が入りようやく車が出せたことを思い出す。夕方頃に外に出ると,道路まで垂れた木が1車線を塞いでいた。子供を寝かしつける頃に,外で「ばきばきっ」と爆音が響いた。おそらく雪の重みに耐えかねた木が幹から折れたようだった。このレターを書いているのはその夜なので,外の様子はよくわからない。子供が寝静まった後もその音だけが脳内をこだましている。しばらくの間寝そべりながら感傷に浸っていた。この世界が好きだ。

自然が自然を淘汰する瞬間。そこに人間が入り込む余地はない。何十年も生きていた木が,雪の重みによって突然折れる。重力のなすがままに倒れて,また何十年もかけて分解の一途をたどる。人間の短い一生の中では想像しがたいスケールに直面し,とまどい,諦めることしかできない絶望を味わっていた。登山が好きなのもそういった理由かもしれない。7時間もかけて歩いてテントを張って寝る。もはや引き返す体力などなく,帰りたいと嘆いたところでどうしようもない。山深い日本アルプスの中でそこに在る自分を受け止めるしかない。そういえば狩猟免許を取ったときにもそんなことを感じたなと過去のコヨムを漁っていたら,なんと2年前の丁度同じ暦である,立春|東風解凍に「自然ってなんだ」というタイトルのもとに書いていた。こんな偶然もあるものかとちょっぴり嬉しくなる。

外ではまだまだ雪が降っていて,ちっぽけな明かりの下で小さな幸せを見つけた一介の男がいた。人間のはかない営みに常にワクワクしていたい。

-S.F.

東風解凍

ハルカゼコオリヲトク
立春・初候

やっぱり山に行きたい。子供が1歳9ヶ月で山デビューを果たした。妊娠から子供が生まれてしばらくの間は,生活リズムが整わないなかで山行はおろか,外出もままならなかった。それだけに家族みんなで登った久しぶりの山行は格別であった。日本のよき山を2選。

甘利山 / 山梨県韮崎市

子供が登山デビューを果たしたのはこちらの山。登山口から山頂までのコースタイムは30分。頂上からの富士山,八ヶ岳,鳳凰三山のパノラマが抜群。登山道は,整備された階段から,ごつごつ岩,木道までバリエーションに富み,初心者,というか1歳からでも楽しめるはず。

唐松岳 / 長野県白馬村・富山県黒部市

2019年,忘れられない感動の冬山山行だった。登山口からすぐに森林限界を超え,風が雪肌をなぞった雪紋を踏みしめながら進む。白馬三山を眺めながら山頂まで登りきると日本海まで視界が開けた。冬山にもかかわらず,快晴のせいもあり雪面からの照り返しで顔が軽度の火傷でただれるほどに日焼けしてしまった。そんな傷みさえどうでもよくなるほどに,白銀の世界の余韻は続いている。いつか子供と登ると決めている。


参考文献

  • 山梨県観光文化・スポーツ部観光資源課「やまなしハイキングコース100選・甘利山」URL

  • 山と渓谷オンライン「北アルプス・唐松岳 八方尾根から剱岳・立山連峰の絶景が待つ唐松岳登頂をめざして」URL


カバー写真:2019年4月13日 唐松岳。山と一介の男が在るだけ。


コヨムは、暦で読むニュースレターです。
七十二候に合わせて、時候のレターを配信します。

それでも人間に期待していたい
https://coyomu-style.studio.site/letter/harukaze-koriwo-toku-2024


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