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散文 空気の色と駆け抜ける

風が優しくなった。それは、世界が私に優しくなったのか、私が世界に優しくなったのか。

自転車で駆け抜ける街を私はよく見ててこなかったんだと気づく。コンクリートを突き抜けて生えていた雑草の強さが少しだけ自分の身に着いてきた、と言えたらいいけど、そこまで私は意思がない。

黒猫が路地をゆく。

それを私も横目に見て、気にしなかった道を進む。駆け抜けて、駆け抜けてなお、私の街。何故、この街を自分のものだと思うのか。それは、記憶が詰まっているからだと思うけれど、思い出せるエピソードは少なくて、ただ感覚だけが残っている。脳に漂う匂いの欠片が、視界を一瞬だけ覆う。

どうしようも無いこの思いを受け流すように自転車を漕ぐ足は、全力疾走をしばらくして来なかった。

ふと、目に付いたアイビーをつたうカナヘビが空を見ていた。その目にはこの夕陽はどのように映っているのだろう。喉の奥がツンと傷んだ。何かが沸き立ち、声ではない唸りが私の意志とは関係なく出てきてしまう気がした。

空には雲があった。

それは当たり前のことだろうか。オレンジ色に染まったそれは、留まっているようだった。どこかに行ってしまう太陽が作り出したこの時間は、気付かぬうちに過ぎてしまう。

目の前には、空気がある。その太陽に染められたはずの空気の一粒一粒が、私を通していく。その温もりは猫の肉球のようにぼんやりと私の血管を駆けてゆく。

今まで生きてきたのは、この色付いた空気のおかげだったのだと知る。

目的地のコンビニは、いつでも変わらず明るくて、誰にも分け隔てなく存在してくれていた。私はここに吸い込まれないように、意識して入っていく。夕日が沈む瞬間を見ないまま。

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