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散文 私を生きる場所

泣いていた。

私は泣いていた。

丁寧に家の片付けをして、洗濯物を畳み、お風呂を洗って、私の食べないご飯を作った。

二十歳を超えてもう数ヶ月。
夜の街にフラフラと歩き出す。

そういえば、猫は鳴かなかった。私が出ていく時、ケージに入れた猫は何も訴えなかった。いつもは切なそうに鳴くのに今日は何も鳴かないで、私が出ていくことに気付きもしないようだった。

それが悲しかった。きっと鳴いたら鳴いたで、私は彼を捨てるようで苦しくなっただろう。だけど、やっぱり鳴かないのも鳴かないので私が彼にとって必要ないような気がして、悲しかった。

ひとり、歩く。
日が沈み切った見知った街を、ただひたすらに。

カバンにはありったけのものを詰めた。柔らかいものに無機質なもの、そして。

重いそれらを抱きしめておきたかった。
私の初めての家出は、重みがあった。

猫に会えなくなることに涙が溢れてくる。きっと君は平気な顔をして、眠っている。この世は我のためにあり、俺は幸せに寝るのだ、なんてのびのびと寝ているに違いない。

だけど、もしかしたら寂しがってるかもしれない。広々と遊べないのが不満かもしれない。私が自分の感情さえ抑えれたら、彼はあの狭い場所にいなくて済んだと言うのに。

私のワガママに閉じ込めた。

会えないのが辛かった。
家には帰りたくない。いや、家出をしてみたかっただけなんだ。一度そういうことをしないと、私はずっと柵の中に閉じこもっていなければならない。

それが嫌だった。
だから、私は家を出た。
原因は小さなこと、だけどそれは表面張力の最後の一滴で、濁りきったものが滝になり、川を作った。

私は心の底から猫を愛していたんだ。
私は自分の産んだ子どもように彼のことを愛していたんだ。

だからこそ自立しなければならないと青を重ねすぎた空が言う。

何かを変えなければならない。
何かが変わるに違いない。

足が痛む。明日はあそこに泊まって、明後日は。
そう考えれるぐらい私には行き場があった。生命を維持しようと頑張っているのだ。

家族3人お揃いのハンカチは冷たく重たくなっていた。

ひとしきり、心の支えだった猫のことを思った。キミがいるから母親も私が居なくても大丈夫だろう。

涙の川は干上がって、道が出来ていた。グネグネと曲がっているけれど、歩いてしまうと真っ直ぐだった。行くべき場所に導かれている。

きっと最後には。

その先のことは今はほっとこう。大丈夫、どうにかなる。私が生きる、私が生き直す日がここにある。

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