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SS『記憶の前』

【大学の課題】
以下の6枚の写真から選んで創作。


 白い机の上に三枚の写真が並べられた。それらを置く指はすらりと長く、美しい所作を繰り出すには理想的なものであった。
 一枚目は、メンズスーツの半額セールの広告を見る高校生たち。白い雪が地面を覆っている。ガラスに映る空は曇天のように見えるが、彼らはマフラーや手袋などの防寒具をつけていない。
二枚目は、沈む手前の夕暮れと青く光る観覧車、マンションとなにかの平たい建物。幸せを詰め込んだような男女。構図は完璧であった。結婚にあこがれる人間なら心躍るか心臓に痛みを覚える、そんな写真であった。
三枚目は、神社と思しき石段を上る青い浴衣の人。不穏な雰囲気も漂っているが、それは日差しの強さによる影の濃さ故であり、明るく反射する青い浴衣は美しく思えた。
「これらがあなたを構成するターニングポイントの写真です。あなたはこれらのポイントを確実に経過するように人生を送ってください。適切なタイミングで通過できなかった場合、あなたの人生は早々に終了することになります。わかりましたか」
 抑揚のないしゃべり方は、早口ではあるが耳なじみがよかった。
「また、追加でこの三枚の写真も見てください。これらは、回避すべき問題の前触れ、もしくは人生を昇華するための前兆となりえるものたちです。両者は同じ意味となりえます。これらがどのように表れるか提示することは出来ませんが、覚えておくと良いでしょう」
 カップルを模したマネキンの写真。しわが多い服を着せられ、ポーズも格好良さを感じさせず、何を意図しているのかわからない。ピンクのスーツはハーフ丈パンツ。胸ポケットに扇子を開いた状態で刺しておくセンスがわからない。
チャッカマンと封筒らしき紙。薔薇の切り絵があしらわれていて、果たして何の写真なのか。
そして、最後の一枚。すぐには何の写真なのかわからなかった。そこにいるのがうずくまっている女の子であることがわかり、すると海の平行線が見えてきた。海辺の写真だった。
覚え切る前に六枚の写真は回収されてしまった。白い机から目を上げるとそこにはもう誰もいない。白い靄がかかり始め、自分の指さえも見えなくなった。冷たくも、暑くもない。そこにいるのは、自分だけだ。
靄が実体を持ち始め、体がふわふわと包まれていく。白がゆっくりと暗くなっていき、手足の感覚が消えていく。そして、薄く小さな感覚が戻る。ぼやけた意識の中に呼びかける声が聞こえる。もうすぐここから出なければならない。見たしゃしんをもうわすれてしまった。それでもなんとなくふあんはなかった。
せまさとくるしさをぬけたあと、ひかりにつつまれた。

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