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Mystery Jets / A Billion Heartbets (2020) その2

 今作は4月のデジタル/ストリーミング解禁時に記事にしていますが、6月のフィジカル発売から遅れること1ヶ月。ようやく我が家にも公式で注文したCD(+ピンバッジセット。バッジが可愛いんですまた)が届きました。
 3ヶ月聴き続けていますが、聴き込むたびに良くなってきています。間抜けなことに、4月の記事で点数を低くつけすぎて、おまけに最初に投稿した記事であったためにその後のアルバムの点数を考えるのに難儀しています。
 ボーナストラック入りのデラックス版もデジタルでリリースされ、これがまたいい曲揃いなので、改めて一曲ずつ感想を書き連ねていきたいと思った次第です。気づけば超長文になってしまいました。

1. Screwdriver

 今作は、彼らのルーツであるプログレとJames FordやErol Alkanと言った気鋭の若手プロデューサーとの経験で培ったモダンなプロデュースワークを融合させた集大成的な前作"Curve Of The Earth"を土台に、持ち前のグッドメロディ創造力を爆発させてポップソングとしての強度を高めた、集大成の向こう側的な大傑作であると思うに至りました。
 その象徴が前作のセッション時に原型が生まれたという、このハードなリフがひっぱる一曲です。公開当初はそのヘヴィさに当初はミズジェ、君たちもFoalsと同じ道を行くのか…と一抹の悲しさを感じましたが、奥にある切ないメロディに気づいた今では大好きな一曲です。
 完全になんとなくなのですが、最近は漫画「チェンソーマン」を読んでいるときにずっとこの曲が頭の中でリピートされています。

2. Pretty Drone

 P.I.L."Rise"に影響を受けている(特にドラムはほぼそのまま)そうです。そこにややハズしたような、浮遊感の漂うサビが乗るのが印象的です。
 個人的には、曲調的にも様々な事象を羅列しながら混乱している様を描いた歌詞にも、The 1975の"Love It If We Made It"を連想します。 
 あちらは時代と結び付いた稀代の名曲なのでやや部が悪いですが、「やり遂げられたら愛せるよ」と自分の置かれた状況に無理矢理にでもポジディブさを見出そうとするあちらに対し、「ここから戻る方法を見つけるのを手伝ってくれ」「自分の幽霊になってしまう」と、混乱を混乱のまま描いたこちらの方が陰の者である私の琴線に触れまくります。

3. History Has Its Eyes On You

 「アルバムがハードに始まるから一息つけるような、メジャーキーで書かれた曲を入れたかった」とコメントされているように、これまでで1番メロディーに暖かみを感じるバラードです。ロンドンで行われた男女差別撤廃運動、ウィメンズ・マーチのデモに触発された曲ということで、そういった今の行動が未来に繋がっていくんだという、強いメッセージ性のある曲になっています。この曲で繰り返される一節は私が今作で一番好きな歌詞です。
 また、今作で一番最後に作られた曲であり、次作との橋渡しになるような曲になるんじゃないかともコメントされています。果たして。

 Be who you needed when you were younger
自分が若い頃に必要としていたような人間になれ

4. A Billion Heartbeats
 
 Mystery Jetsは、作品のクオリティの高さに比べてチャートの成績的には地味なバンドです(過去最高位は前作の30位)。今作もデジタルとフィジカルのリリースがずれるという不利な状況であったとはいえ、フィジカルのリリース時にUKチャート80位台という、記録的には寂しい結果になってしまいました。中間発表ではTop10だったので、私を含め既に聴いているアルバムでもフィジカルを買う熱心なファンベースがあるということでもあります。
 この曲が発表された時、あまりにも王道アンセミックなロックソングで、遂に本気で売れにきたか!と思いました。本人たちも「最後のキーチェンジはバックストリートボーイズみたいに聴こえないか不安だった」と言っているくらいです。これがヒットしないなんて間違っている!と思うと同時にどこか安心もする、複雑なファン心理。

5. Endless City
 
 今作で唯一、2月に脱退したWill Rees(Gt./Vo.) がボーカルを取る曲です。'Two Doors Down"と双璧をなす代表曲"Young Love"のリードボーカルも担当している彼の脱退はかなりの衝撃でした。
 もともとは確か今作のリリースが去年の9月、ツアーが11月だかに予定されており、それが終わってからの予定だったのだろうな…と思うと残念極まりなく思います。
 空間的な弾き語りとTalk Talk"Spirit Of Eden"の間のどこかというコメントの通り、幽玄なサウンドスケープとメロディーに乗せて終わらない街=ロンドンに翻弄されながらも生きる姿が描写されます。

終わらない街、彼女が標準時から呼んでいる/決して一人にはなれないのに、常に孤独を感じるような、そんな場所から

 ロンドンの中心地に住んでいたBlainが目撃、参加した様々なデモにインスパイアされているという今作ですが、他者、異なるイデオロギーとの闘いと混乱、希望を描いてきた冒頭からその中心での生活を描いたこの曲を挟み、よりパーソナルな、(レコードで言えば)B面へと進んでいきます。

6. Hospital Radio
 
 リリース当初から変わらず今作のハイライトと感じる、幼い頃から難病のため入退院を繰り返してきたというBlainがイギリスの医療制度NHSと医療従事者へ捧げた曲です。淡々としかし美しく患者の絶望感を歌うヴァースと、患者を支える医療者の立場から力強く歌われるサビの対比がたまりませんし、Blainの感情を思うとやりきれなくもなります。
 曲が作られた時期こそもっと前なれど、コロナ禍に揺れる中、人々が医療従事者をはじめとするエッセンシャルワーカーへの感謝を捧げている今年を象徴するアンセムと言えるでしょう。

デイケア、不正プログラム/もうブランケットの中で眠ることも、泣くこともない/パニックが始まる/カウボーイでも喘ぐほど/冷たく、計算された/時代遅れ/一人で死んでいく/僕には理解できない
貴方がどこで全てが間違ってしまったんだと考えながら/凍えて、裸で、血を流してベッドに横になっているとき/祈りにまだ意味があることを祈っているようなとき/私たちが貴方の唱える祈りの言葉になりましょう

7. Cenotaph

 「全ての出口は違う場所への入り口」「僕らは這いつくばり、砕けるだろう/でもいつかは戻ってこれるってわかってる」と歌われるこの曲は、前曲を受けてそれでも前へ進むという意思表示のようなものかな、と感じます。
 ミドルセクションが最後まで繰り返されるのは、同じく(失恋の)痛みからそれでもなお「愛は何よりも素晴らしい」と信じ続けるBlur"Tender"から盗んだ技だとか。

8. Campfire Song

 アメリカのルーツミュージックに影響を受けた4th"Radlands"を彷彿とさせるフォーキーさとフックを持ったこの曲では、子供の頃を振り返りながら(だからキャンプファイアーなんでしょうか)、何を言われようと決して諦めない、と決意が歌われます。
 フックに溢れたこの曲はこれまでの重厚な流れからするとやや浮いている気もしなくもありませんが、次の曲へ向けていいアクセントになっています。

9. Watcing Yourself Slowly Disappear
 
 2018年に亡くなった、スコットランドのバンドFrighten RabbittのボーカルScott Hutchinsonに捧げられた曲です。
 アコギに乗せて始まるメロウなヴァースから滑らか、かつヘヴィに展開するサビの流れ。サビのメロディー、特にタイトルを歌い上げるところは本当に美しく展開してくれます。そしてそこに乗せて歌われる、生きることの辛さと、力強いメッセージ。文字にしてしまうとチープですが、力強いからこそ、残された者の無力感をひしひしと感じます。弱っている時に聴くと思わず涙ぐんでしまう、今作のクライマックスです。

恥辱からの隠れ場所なんてないから/座り込み、酒を飲んで痛みを紛らわす/その痛みは、とてもなんて呼べばいいかわからないようなもの/そしてまたしても、君は全ての責任を背負い込むことになる
崖っぷちにいる君/波が打ちつけ、風が顔に吹き付けているのに/自分の耳には静寂しか聞こえないような/君が大声で呼んで、叫んでくれれば/僕はそこへ駆けつけるよ/君が、君が自分がゆっくりと消えていくような、奇妙な気分になってしまった時には

10. Wrong Side Of The Tracks
 
 Blainが目撃した様々なデモに触れ、「敵とは愛と共に闘え」と社会に目を向けた前半、難病と共生してきた半生〜若くして亡くなった友人といったプライベートな内省に浸った後半を経て、本編の最後はかのグレタ・トゥーンベリ女史にインスパイアされたこの曲で、次世代への希望が歌われます。
 シンセの弾き語りをメインにした重厚な今作の中では比較的穏やかな曲ですが、Blainのお父さん(今作では、1st以来に正式メンバーとしてクレジットされていて少し嬉しかったです)との二世代バンドとして注目されたデビューから、10年以上を経て更に下の世代へ目を向けるというのも感動的で、静かな余韻を残して本編は幕を閉じます。

振り返らないで/大人にならないで/そんなものは罠だから/例え人から間違った道にいると言われても

11. Witness

 ここからはフィジカルのリリースを記念して公開されたデラックス版に収録されたボーナストラックです。
 この曲は私の偏愛する3rd"Serotonin"期を彷彿とさせる、可愛らしいポップの小品といった趣です。チープなシンセのリフも最高で、一度聴いたらサビで思わず「シックネ〜ス」と一緒に口ずさんでしまいます。3rd至上主義者としては大満足な一曲ですが、アルバムに入っていたら浮きまくっていたと思うのでこの扱いで正解かと思います。

12. A Secret

 一方こちらは、4thに収録の"Lost In Austin"や3rdあたりのColdplayを彷彿とさせるような、王道アンセミックなロック・バラードです。
 これらがアウトテイクになるあたり、改めてこのバンドのソングライティングの基礎能力の高さ、グッドメロディの量産っぷりは全盛期のELO並であるとさえ思います。

13. City Of Blood

 最終曲となるこの曲は、浮遊感の漂うスロー・バーニングな6分近い大作です。デラックス版に追加された3曲の中では一番今作の曲調に合っていると思いますが、本編の収録曲と比べてしまうとややメロディが弱いような気がしますので、最もボーナストラックらしいボーナストラックといった感じのする曲です。

*この記事で参照したバンドのコメントは全てTwitter上で行われた、Tim Burgess主催のリスニングパーティーの時のものです。
HPのアーカイブから追体験できますので、アルバムを聴きながらぜひ。



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