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【エッセイ】砂漠のきみへ


きみは砂漠の真ん中。
あれほどまでに夢見ていた景色が
今では蜃気楼でかすんで見えて
自分の向かうべき先を見失いかけている。

あの子はめきめき昇進して
あの子はひょいっと転職して
あの子はするりと結婚指輪をはめて。

自分は今もここでくすぶっている。
「今が最高に幸せ?」
いや、別に。
「何かやりたいことでもあるの?」
いや、特に。

きみは砂漠の真ん中。
日々を生きるだけのために
息を切らして喉を枯らして
充分な水なんて誰も恵んでくれはしない。



今日という一日を満足に終われず
うまく眠りにつけない私は
深夜のベッドの中、ひたすら調べた。
近頃の私に日々襲い掛かる
漠然とした虚無感と不安感の正体を。

暗がりのワンルームに
スマホの液晶がぽつんと照らし出した
私の表情は一体どんなだっただろう。

『クォーターライフ・クライシス』

どうやらこれがヤツの正体のようだ。
20代後半~30代の多くの人が
経験する心理状態。
同世代の人が自分より輝いて見えたり、
自分らしさを見失ったりする状態らしい。

およそ人生の4分の1が過ぎるこの頃は
いわゆる「若者」というカテゴリーに
当てはまらなくなる一方で
一人前の「大人」として扱われなかったり
「大人」として上手く振舞えなかったり。

どうして自分はみんなのように
上手く生きられないんだろう。
そんな劣等感と隣り合わせの時期であり、
人生の通過儀礼とも言われている。


変な話、25歳の私はある意味
クォーターライフ・クライシスに
どっぷり侵され切ったという自負がある。

都会で暮らし新卒で入社した
憧れの大手人材会社では
人に恵まれ大事に育てられ
自分の仕事は「意義高くて尊い」と信じ
オレンジのコートを
衝動買いできるくらいのゆとりもあって
実家の両親は仲良くて
恋愛もそれなりに楽しんでいて。

人から見れば、なに不自由のない
20代前半を過ごしていたのだろう。
しかしそんな私にも、
もれなくヤツは襲い掛かってきた。

営業成績がパッとしなくなってからは
毎日自分を責めながら仕事に打ち込んだ。
コロナ渦で会えなくなった両親が
どんな表情で日々を過ごしているのか
電話越しでは想像できなくなってきた。
信じていた彼氏はツーショットの
私の部分をトリミングして切り取って
知らない女とマッチングしていた。
物書きの夢も鼻で笑われたりもした。
挙句の果てには体調を崩し
ドクターストップから
思うように仕事ができず、休職した。


あの子はめきめき昇進して
あの子はひょいっと転職して
あの子はするりと結婚指輪をはめて。

私はここで一人、
何をしてるんだろう?
どこに向かっているんだろう?


暗がりのワンルームに
スマホの液晶が
ぽつんと照らした私の表情は、
砂漠の真ん中で汗を垂らし涙を流し
厳しい日照りに水分を奪われ
乾いた喉を潤す水を探し求める
孤独な遭難者さながらだっただろう。

どこにでもあるような
そんなありふれた悩みさえも
一つ一つが私にとっては
人生最大の危機と呼べるものに相違なくて
夜な夜な打開策を検索する日々だった。


「クォーターライフ・クライシス
解決のヒントは
『メンター』を見つけることである」
そんな記事を見つけた私は、
夢中でそれを読み進めた。

メンターとは『助言者』を意味しており
気軽に自分の状態や
悩みを相談できる相手だ。

ただ当時の私は、自分の中にある
プライドのような意地のような何かが
自分の弱さを誰かにさらけ出すことを
強く拒絶していた。

少しでも自分を否定されたら
立っていられなくなりそうで、
助言を求めることさえも恐れていた。


そんな私のメンターになったのは
数々の映画や小説が生み出す
物語であり、言葉の存在だった。


“人は傷を負ったとき、
早く立ち直ろうと自分の心を削り取り
心は30歳になるまでにすり減ってしまう。
そうして、新たな相手に与えるものも失われる。
(略)
今はひたすら悲しく苦しいだろう。
しかし痛みを葬るな。
そして感じた喜びも忘れずに。”
       ―映画『Call me by your name』

『メンター』という存在は
必ずしも人じゃなくたっていい。
物言わぬ音や風や風景なんかが
大切な助言をしてくれることだって
あるのかもしれない。


そんな気付きを得た私は
等身大の自分を取り戻したくて
会社を辞めて地元に戻り
パートやバイトを掛け持ちしながら
文章の専門学校に通い
ぽつぽつと物を書く日々を過ごしてる。

「もったいない」
そんな言葉を何度もかけられた。
それでも私はあの頃より
豊かに潤っている気がしている。
たくさん傷を負った私は
綺麗じゃないと言われるかもしれないけど
傷さえ愛しいと思える
等身大の25歳の自分に
少しずつ変われている気がする。


どうやら私たちは
この先あと10年くらいは
広大な砂漠の中を
歩き続けなければいけないようだ。
あの子も、あの子なりの砂漠を歩いてる。
汗をかくだろう。涙も流れるだろう。
そして喉は乾くだろう。

そんな時は、
歩く足を少し止めてみて
小さな泉から掌に救えるだけの
水を一口飲んでみる。

先は長い。少し休んだら、
またゆっくり歩き出せばいい。
なにをしてもしなくてもいい。
きみはもう、自由なのだから。

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