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トラウマについて

safariはオワコンになりつつあるのだろうか。
ずっとpcで、safari開いて、noteでテキスト投稿できません、を繰り返していたら、こんなに投稿できてませんでした。

それで、その間も生きているので、いろいろ思ったりみなさんに会いたいなとか思ったりしてですね、思考がグルグルして、自分のトラウマと向き合いてぇ、退治してぇ、となりましたが、そもそもどうやったらいいかわからない。以前は辛いことがあるたびに、「これが創作の糧になる」とか思って、それらは確かに創作の糧になってきたとは思うのですが(私の表現方法は主に演劇の脚本・演出・俳優です)。
「人が今何を観たいのか」を常に考えて、自分もふわっと合わせたい人なので、一緒に楽しみたい人なので、それが一番良いのですけど、「一度ダイレクトに自分の憂さを表現すべきなのか?」という考えがずっとあって。
でもそれを観た人に憂鬱になってほしくはないのだよなあと、まぁウダウダしています。

私の一番大きなトラウマの発端ですが、フラッシュバックを避けるため箇条書きにするとします。

・20代前半派遣社員のとき、職場でパワハラを受けたのち派遣切りに合う
・ショック状態に陥り、求職することが難しくなる
・もともとの知人でお店の経営者を頼り、事情を話し働かせてもらう
・「他では働けないのを雇ってやってるんだからやらせろ」と性的関係を強要される
・脳が憔悴しきっていたので、「追い出されたら他では働けない」と思い受け入れる
・ほぼ毎日ゴムなしでやられる(よく妊娠しなかった)
・自分が楽しく、自分の意志でやっていると思った方が楽なので、そう振る舞うようになる、店がなくなるまで続く
・解放され5年ほど経ち、あれはレイプだったと気づく

それでさ…
やらせろやらせろって一体何なんだ。

ここの店では別のスタッフから「いくら出せばやらせてくれる?」と聞かれたので「1億」と答えたら「いくらなんでもそれはねえだろ」と言われました。
金じゃやらねぇってことだよ、バカか。
と思いました。思います未だに。
「3万。3万どう。」と道端で声をかけて来る人のほうがよっぽどものわかりがいいですよ。無視したら離れて行くし。

とにかく、私をレイプした人間は恐らく自分がレイプしたという認識はないのだと思います。
何騒いでんの?かわいそうだね、くらいのものなのではないかな。

ここまで聞いてどうです、こんな芝居観たくないでしょう。

もしくは開始5分でここまでの展開が全て終わり、残り85分は、「世界のレイプ犯たちとの戦争の末、関係ない人も死んでしまいレイプ被害者しか残らない世界になったがレイプ被害者同士レイプし合う世の中になってしまう」「レイプを苦に自殺したら総理大臣に転生した」のようなめちゃくちゃな展開にするしかありません。みんなが幸せになれる方法を、一緒に考えてほしいです。

願わくばお仕事をする人たち、みんな幸せに働いてほしいです。
命を左右するお金を稼ぐ手段は、本当にそれで大丈夫ですか。心を殺していないですか。

意外と、近くの知人より、これから出会う誰かの方があなたを大切にしてくれるかもしれません。
選択する力があるということを信じてください。

意外と、なんとかなります。




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