見出し画像

咳こむ少年たち -人種とコロナ-

 この記事は、海外でのコロナウイルス関連の嫌がらせ行為について取り上げています。

・・・

 事前に注文したテイクアウトの中華料理を受け取るために、久しぶりに外出した。夕食のためだった。ロックダウンが長引いていることもあり、ホストブラザーのタンも一緒に来た。ただの散歩ではなく公共の場へ赴くことを考えて、推奨されている通りに2人とも市販のマスクを着けていた。清々しい天気の日だった。外へ出ると日は落ちかけ、涼しい風が吹いていた。歩道には、1日1回許される散歩を精一杯楽しもうと、ようやく芽を出した街路樹の下を歩く人の姿があった。雪は数週間前に融けきり、雪から変わった雨が春を告げたころだった。
 数か月ぶりに営業再開したレストランは、それなりに忙しそうだった。もっとも、テイクアウトのみでの営業が条件で、店内は中華鍋を炙る炎の音がやけに響いていた。追加のスープを注文し、15分かかると言われた。僕らは受け取りを待つために、道向かいの公園に行くことにした。サッカーコートが二つもある、この国らしいだだっ広い公園だ。公園には20人近くがいて、ルールを守りながら久しぶりのスポーツを楽しんでいた。その人々から30メートルほど離れた場所で、僕たちはしゃべりながら時間をつぶした。子供みたいにふざけて走り回ったりもした。久しぶりの外出で気分が高揚していたのかもしれない。
 15分が経った。春の夕暮れのふわふわした雲が、沈みかけの太陽を隠し始めた。この国の初春、夕方に雲が隠れると、あたりは少しひんやりとした空気に包まれた。
 僕たちはレストランへ向かって歩き出した。公園から歩道に出たとき、ちょうどバスを降りた、10代の少年たち7人ほどがバス停から歩いてきた。見知った顔だった。同じ高校に通う少年たちだ。僕たちとすれ違うだろう位置関係だった。
 先頭を歩いていた少年が、僕の顔を見て少し含み笑いをした。嫌な予感がした。気味の悪い笑顔だった。すると、その少年はわざとらしい咳をしながら僕たちに近づいてきた。予感が当たってしまった。僕はすぐに目をそらした。表情がこわばっていたと思う。先頭の少年に続いて、ほかの少年たちも同じことを始めた。気味の悪い雰囲気が漂った。僕らにとってだけの、気味の悪い瞬間だった。彼らは何回も咳をしながら僕らに近づき、一瞬、彼らに囲まれる形になった。先頭の少年はすれ違いざまに顔を近づけてきて、20センチメートルくらいまで顔を寄せてきた。手を出されるかもしれない、とは思わなかった。無視することに必死で、それ以外何も考えなかった。というより、なにも考えられなかった。ただ、自分の感情に対しては冷静だった。自分の中が、ひどく冷めた、-25度のブリザードよりも冷酷な感情に支配されていることに気づいた。少年たちを卑下する気持ちだったかも知れないし、ただ思考停止していたのかもしれない。ふと前を見ると、タンは小さく首を横に振っていた。
 少年たちは過ぎ去った。背後から黄昏時の淡い光と、少年たちの浮ついた愉快な歩みを感じた。こわばった顔が緩むのは、マスクをしていたせいで少年たちには見られなかった。
 道を渡り切ったころ、タンが「馬鹿な奴らだ」といった。「そうだな、録画でもすればよかったな」と僕は返した。タンは笑った。その後も僕らは言葉を交わしたが、努めてふざけようとしていた。ふざけようとしていたというより、真剣にならないようにしていた。
 レストランを出たころ、ふわふわとした雲は消えていた。僕らは家路についた。高緯度地方特有の、強い西日が僕の首筋を照らしていた。奇妙に体が火照っていたが、公園でふざけて走り回ったせいだと思うことにした。

この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?