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マスクの少年たち -人種とコロナ-

 この記事は、海外でのコロナウイルス関連の嫌がらせについて、嫌がらせをする側の心情を描き出すことを目的としています。読んでくださるにあたって、嫌がらせを受ける側の心情を描いた「咳こむ少年たち」を先に読んでいただけると、より本文の内容が活きてくると思います。

https://note.com/cott504/n/nb5c700550906

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 ここのところ退屈なことばかりだ。アジアのどこかから始まった、何とかウイルスとやらのせいで学校もない。まあ、学校に行っても授業を抜け出してトイレでドラッグを吸うだけだが。オンライン授業になってから「様々な生徒の環境に配慮」という理由で全生徒の成績が保証されているので、さぼっていても単位がもらえるのは気楽でいいかもしれない。
 モハメドから通知が来た。晩飯がすんだら公園でバスケをするらしい。バスケもしばらくしていない。モハメドとはよく高速道路の陸橋下で会っていたが、公園で集まってバスケとなると警察がうるさい。なんでもベンチに座るのは禁止だとか、キャッチボールはいいけどバスケはだめだとか、ここ数か月どこもかしこもわけのわからないことばかり言っている。これも全部、何とかウイルスの名前をよく聞くようになってからだ。
 モハメドに返信をして家を出た。外はまだ明るく、首筋にまとわりつくような風が吹いた。ロックダウンだなんだと言っているうちに、季節は確実に進んでいた。この国の冬はありえないほど寒く、慣れていない留学生が震えているのを見るのは小気味がいい。俺が生まれた国は逆にありえないほど暑いらしいが、俺がまだ赤ん坊のころ、家族でこの国に越してきたので全く知らない。生まれた町も、その名前しか知らない。
 俺はバスに乗った。前と比べるとずいぶん本数が減って、やたらと待たされた。いつからか、バスの前半部分は乗車禁止になっている。そのせいで油断しているのか、運転手は窓を開け放ってマスクもせずにハンドルを握っている。
 数個先のバス停からモハメドが乗ってきた。モハメドの友達も4、5人乗ってきた。俺たちはバスの最後部、横幅いっぱいに設定されたソファー席でたむろした。車内には俺たちの声と、唸るエンジン音だけが響いた。ルームミラーの中でちらりと、運転手の口元がきつくなったような気がした。
 「おい。お前足上げるなよ、汚いんだよ」「別にいいだろいつもやってるし。どうせ誰も乗ってこないさ」
 外を見れば、ぼんやりとした雲が傾いた陽を隠し始めていた。
 俺たちはバスを降りた。公園から、マスクをしたアジア人が二人歩いてきた。モハメドが薄ら笑いを浮かべるのが、耳越しに見えるこめかみでわかった。そいつらの片方がふいと目を逸らした。モハメドがふらふらとそいつらに近づきながら、わざとらしく咳きこんだ。
 そもそもなんで夕方にこそこそバスケしなきゃいけないんだっけ。
 俺は咳きこみながらそいつらに近づいて行った。そいつらは、冷めた目で、何もないような顔をして、少しも変わらない足取りで過ぎ去った。
 「おい、誰もボール持ってきてないのかよ」モハメドが振り返って叫んだ。
 「お前が持ってくるって言ったんじゃねえかよ」俺の後ろにいた誰かがそう返した。振り返ってそいつを見た。アジア人たちの背中はもう小さくなっていた。
 またボールを忘れたのか。「そこら辺に転がってるの使えばいいだろ、なけりゃ見つけて来い」俺は適当にそう呟いた。
 雲は取れていた。全身を刺すような日差しはきっと、季節が変わったせいだろう。



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 最後まで読んでいただきありがとうございます。この記事より先に投稿されている「咳きこむ少年たち」と違い、この「マスクの少年たち」は僕の想像や偏見が少なからず本文に影響しています。「本当はどうなんだろう」という疑問をもってもう一度読んでいただけると嬉しいです。

 「咳きこむ少年たち」についても、ぜひ読んでみてください。

https://note.com/cott504/n/nb5c700550906

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