“自殺”に対して何ができるか? :自殺についてカウンセラーが知っておきたいこと
我が国の自殺者数はここ数年、減少傾向にありましたが、今年ふたたび増加に転じるのではないかと懸念されています。
私達、こころの専門家は、この状況で何ができるのでしょうか?そして、目の前のクライエントが「もしかしたら自殺を考えているんじゃないか」となったとき、何をすればいいでしょうか?
この記事を通して、皆さまのそれぞれのフィールドで自殺に対して何ができるかのヒントを得ていただければと思います。
※なお、本記事はcotree Academyに参加している梨谷竜也講師にご協力いただき作成いたしました。
自殺にまつわる数字
日本の自殺者数は、長らく2万人台前半で推移していましたが、バブル崩壊を機に3万人を超え、以降12年連続で3万人超えとなります。その間、政府は自殺に対する様々な施策を行い、自治体においてもゲートキーパー養成などの自殺対策が行われました。その成果や景気がやや好転したことなども重なって、平成22年からは減少に転じ、令和元年は約2万人にまで減少しました。しかし、令和2年は新型コロナの影響もあり、特に夏以降は自殺者が急増しており、前年を上回る人数になると予測されています。
自殺者数の年次推移
警察庁『令和2年自殺統計』
自殺の男女比は約7:3で男性のほうが多くなっています。しかし、自殺未遂例、自傷行為まで含めると、男女差はないと言われています。他方、年代でみると、50歳代以上の中高年が多くを占めています。10歳代、20歳代といった若年層は全体の中での割合は少ないですが、特に10歳代は人口が減っているにもかかわらず、増加傾向にあり、若年層の自殺対策も重要と言われています。また、世界の国々の中でみても、日本の自殺死亡率は高く、G8の中では第2位(女性に限れば1位)となっています。
年齢階級別の自殺者数の推移
警察庁「令和2年自殺統計」
先進7か国の15歳~34歳の自殺と事故死の割合(2011~2013年データ)
世界保健機関資料等より厚生労働省作成
平成28年版自殺対策白書
自殺の動機としてもっとも多く挙げられているのは、健康問題で、その中でもうつ病をはじめとした精神疾患の割合が高くなっています。ついで、経済・生活問題、家庭問題となっていますが、自殺の原因、動機は一つではなく、複数の要因が重なりあって自殺がおきていると言われています。
自殺の動機(平成28年)
※1人の自殺者につき、3つまで動機が計上されるため、総数と自殺者数は合致しない
警察庁『自殺統計』より作成
健康問題の内訳(平成27年)
警察庁『自殺統計』より厚生労働省作成
平成28年版自殺対策白書
年代別に見た死亡原因のランキングでは、病死や事故死などを抑えて若年層では自殺が死因順位1位となっています。他の先進国と比較すると、他国では事故死よりも自殺が少なく、日本の若者がいかに自殺で亡くなることが多いかというのがわかります。
平成29年における年齢階級別の死因順位上位
厚生労働省「人口動態統計」
令和元年版自殺対策白書
人はなぜ自殺するのか?
自殺の因子は、生物学的、心理的、社会的、環境的、文化的要素の相互作用であると言われています。自殺行動自体は衝動的なものであることが多く、最終的に死に至る局面では、自殺手段が目の前にあるかどうかにもかかっていると言われています。また、自殺者は自殺時において、何らかの精神疾患に罹患していることが多いとも指摘されています。
既に精神科にかかっている患者の場合、気分障害、統合失調症、人格障害、器質性精神障害などが多い一方、一般人口では(気分障害が最も多いのは変わりませんが、)アルコール依存症を中心とした物質関連障害の割合が高くなります。一般人口におけるアルコール関連問題対策が自殺予防において重要であることが示唆されます。
過去に精神科を受診したことのない人で自殺した人の精神障害の割合
(WHO,2002)
過去に精神科を受診した人で自殺した人の精神障害の割合
(WHO,2002)
こういった精神疾患が自殺につながりやすいことは疑いありませんが、一方で精神疾患があったとしても自殺しない人のほうが圧倒的大多数です。では、最終的にどういう要素が自殺を引き起こすのか。
このことについて、Joinerらは、所属感の減弱と負担感の知覚と自殺潜在能力の3つの要素を挙げています。
(Joiner et al., 2009 松本訳, 2015)
所属感の減弱(孤立感)に、人に迷惑をかけている、自分などいないほうがよいといった負担感の知覚が重なることで、自殺願望が生まれやすくなりますが、自殺願望を行動に移すには、疼痛に対する慣れや、死に対する恐怖感の減弱と言った一種の準備状態が必要と指摘されています。慢性疼痛をかかえている、激しいスポーツや格闘技、けんかを多く経験している、非致死性の自傷行為を繰り返している、身近な人の死を多く経験しるなどが自殺潜在能力を高くする要因と言われています。
精神科医の高橋は、自殺に追い込まれる人に共通する心理として、極度の孤立感、無価値間、強度の怒り、球場が永遠に続くという確信、心理的視野狭窄、諦め、全能の幻想という7つを挙げています。ここでも孤立感と無価値感が挙げられており、これは先ほどのJoinerらの説明と合致しています。自殺に至る最終局面に「諦め」というのがありますが、この状態に至ると、一見すると悩みがなくなり楽になったかのように見えることもあり、クライエントに突然このような変化が起きたら、注意しなければなりません。
自殺念慮のアセスメントと対応
カウンセラーとして、自殺を考える人に会うにあたって、まず考えておかなければならないのは、自分が自殺についてどう考えているかという根源的な部分です。自殺する人は弱い人であるとか、自殺はよくないことだ、などと考えていたり、自身が自殺について考えるのは嫌だと思っていたりすると、クライエントの訴えを真摯に受け止めることが難しくなるかもしれません。自殺は場合によっては許されるのか、自殺は権利であるのか、といったことについては、明確な答えはないかもしれません。答えはなくても、こういったことについて普段から考えていることが、生き死にに直面しているクライエントの根源的な悩みに触れる上で必要なことではないでしょうか。
では、自殺を防ぐための具体的な方法ですが、まずは自殺の危険に気づかなければ始まりません。自殺の危険に気づいたら、次は相談、保護、治療によって、とりあえずの自殺の危機を凌ぐということになります。自殺を考えるに至る様々な要因は簡単には解消されません。時間のかかる作業になります。その間、自殺しないように凌ぐということが肝要です。
相談・支援の場での気づき方としては、自殺念慮について最初から語られる、援助者との話の中で自殺念慮が明らかになる、自殺企図により援助につながる、非自殺性の自傷行為の中に自殺念慮がひそんでいるなどのパターンが考えられますが、ここでは援助者との話の中で自殺念慮が明らかになるパターンを想定して考えていきます。
クライエントにこんな条件が整っていれば自殺を疑うべしというのがはっきりしていれば、やりやすいですが、なかなかそういった明確なものはありません。さまざまな研究により、自殺の危険因子が明らかになっていますが、どれも自殺に特異的なものではなく、そういった因子があるからといってすべて自殺するわけではありませんし、逆にそういった因子がなくても自殺に至ることはありえます。The SAD PERSON Scaleという自殺の危険性の高さと入院の適否を判断する尺度も開発されていますが、これもそれだけで自殺を防ぐのに十分とは言えません。
(髙橋,2006)
(Patterson et al,1983)
自殺者の心理学的剖検によると、自殺前に自殺のサインがあったと考える自死遺族は46%、自殺前にサインに気づいた自死遺族はわずか20%であり、自殺のサインというのはなかなか見えにくいことがわかります。また、実際に何らかの異変を感じ取ったとしても、正常性バイアスが働くことで、「きっと大丈夫だろう」と思ってしまう可能性もあります。
では、どうすればいいかと言うと、これは直接クライエントに尋ねてみるしかないということになります。ただ、尋ねたとしても関係性によってはなかなか本当のところを話してくれませんので、まずはじっかりラポールをとるよう努め、自殺といった重たい話であっても、しっかり受け止めるという姿勢を見せることが大切です。
尋ねるときは、「今」「死にたい」と考えていることを尋ねなければ、的確な判断、対応ができません。そのためには、カウンセラー自身が「いなくなったほうがいい」「消えてしまいたい」といった曖昧な表現を使わずに、「死ぬ」「自殺」といった直接的な言葉を用いる必要があります。直接的な言葉を使うことは、この場では「自殺」に触れても大丈夫、自殺を考えるのは、それほどおかしなことではないというクライエントへのメッセージにもなります。自殺に触れると、自殺を誘発するのではないかという懸念をされる方もいるかもしれませんが、そのようなことはありません。むしろ、他の選択肢や決断を考え直す時間を与え、自殺を予防することに役立ちます。私の経験的にも、自殺について今まで誰にも話したことがなかったが、ここで話ができてホッとした。少し死ぬ気が薄れましたといった感想を述べられる方が多いです。
(WHO,2014)
とは言っても、普通に尋ねたのでは、答えてくれないクライエントもいます。実践しやすいように、以下に私が有効だと感じている尋ね方のコツをいくつか列挙してみます。
「それだけしんどければ、死にたいと考えてもおかしくないと思うのですが、○○さんはどうですか?」といったように、自殺を考えるなんておかしいと考えるクライエントを安心させてから聞く聞き方
「そういう嫌な気分のときに、手首を切ったりとか、お薬をたくさん飲んだりとかしたことは?」と、具体的な行動のほうに触れてから、自殺念慮を問うやり方
「今までに死にたいと思ったことはありますか?」と過去の経験を聞いてから、「今はどうですか?」と現在の自殺念慮を確認するやり方
また、SDS(うつ性自己評価尺度)の項目に「自分は死んだほうが、他の者は楽に暮らせると思う」という項目がありますが、ここへの回答を参考にするのも有効です。これは“負担感の知覚”のアセスメントにもなります。それと、この項目は回答時の様子にも着目しておくと良いです。回答をためらっていたとしたら、そのこと自体が何らか思い当たることがあるという根拠になります。自殺念慮についての質問に対して、動揺せずに普通に否定される場合は自殺念慮を持つ可能性は低いと判断してもいいですが、その場合でも巧妙に自殺念慮を隠そうとしている可能性はいちおう念頭においておいたほうがいいです。肯定する場合は、もちろん自殺念慮があると判断できます。
現在は考えていないものの、過去に死にたいと考えていたという回答は、自殺念慮がいつ再燃するかわからないので、今後の変化に注意しておかなければなりません。この手の質問に対して、答えない、ムキになって否定する、立腹するなどの感情的な反応は、自殺念慮があるものの、今、あるいはこのカウンセラーに対して語りたくないということかもしれませんので、危険性があることを念頭におきつつ、まずはラポールの形成に努め、後に改めて尋ねてみるというのがいいでしょう。
自殺念慮があるとわかったら、緊急度のリスクアセスメントとして、自殺の計画性・準備の有無を確認します。自殺の計画性・準備がある場合は、本人に必要性を説明して、精神科を受診してもらう必要があります。本人が拒否的であったとしても根気よく、場合によっては家族や他の人の力を借りてでも説得する必要があります。自殺念慮があるとわかったあとのカウンセラーの対応は、緊急時の対応を除くと、傾聴が基本です。肯定的な感心を持ってしっかり話を聴くことで、強い孤立感、所属感の減弱といったものが少しはマシになるかもしれません。最初の段階から認知の変容を目指さないようにします。極度の混乱、エネルギーの低下があるときに、考えさせる働きかけをすると、かえって混乱を強めるだけですので、まずはゆっくり話を聴きます。時間をかけて話を聴くことで、一過性の気持ちの高ぶりがおさまることもあります。
自殺念慮があるとわかったあとのカウンセラーの対応は、緊急時の対応を除くと、傾聴が基本です。肯定的な感心を持ってしっかり話を聴くことで、強い孤立感、所属感の減弱といったものが少しはマシになるかもしれません。最初の段階から認知の変容を目指さないようにします。極度の混乱、エネルギーの低下があるときに、考えさせる働きかけをすると、かえって混乱を強めるだけですので、まずはゆっくり話を聴きます。時間をかけて話を聴くことで、一過性の気持ちの高ぶりがおさまることもあります。
少し落ち着いた段階で、治療、支援に役立つ情報を得るようにします。ここでも、一度にあれこれ聞き出そうとして質問攻めになることは避けつつ、死にたいと思うに至った経緯やストレス因、自殺未遂歴などの促進要因と、これまで自殺を思いとどまらせたもの、ストレスコーピングといった保護要因を両方聞いていきます。精神科への受診を勧める方法は、所属機関やカウンセリングの場によっても変わりますが、不眠や食思不振といった自殺念慮とは関係ない部分に焦点を当てて勧めたり、精神科という言葉を避けて心療内科と言ったりするなど、クライエントがどう言われれば抵抗感が薄らぐかを考えてアプローチします。また、受診に際しては、可能であれば家族に同伴してもらうほうが良いです。特に医療保護入院が必要になる場合、その場に家族がいるとすぐに同意がとれるので話がスムーズです。加えて、近隣地域の精神科やその他の支援機関とは、普段からやりとりを重ねて、なるべく顔を見知っておくようにすると連携がとりやすくなります。
精神科などとの情報を共有することはもちろん大切なことですが、ここにはひとつ注意点があります。書面で情報提供する際、たとえば紹介状をクライエントに手渡しすると、クライエントが中身をみることもあります。ですので、紹介状にはクライエントが見たら気分を害する可能性のある文言を書くことは避けた方が良いでしょう。クライエントには言いにくい話で、でも先方には伝えなければならないことについては、電話で伝えるなど別の手段を考慮しましょう。
受診を勧めたものの拒否される場合ももちろんありますが、あまりしつこく勧めすぎず、「引き際」を見誤らないことが大切です。そこで関係が崩れてしまうと、結果的にクライエントの孤立を強めることにもなりかねません。次に会う約束と、それまでに死なない約束(No suicide contract)をするのは有効ではありますが、現時点で明確なエビデンスはありません。そこはどのような形で行うかによっても変わってきます。定型的に、あるいはカウンセラー自身の安心のために行っているのだとしたら、それは効果が乏しいかもしれません。臨床家の中には、自分の携帯電話番号を伝え、死のうと思ったら、実行する前に電話してくるように言っている人もいますが、そうするのが良いかどうかは自分の臨床スタイルや所属機関のルールにもよります。
受診後、入退院後は、継続して対応するのであれば、可能な限り早めに会って、受診してみてどうだったか、どう説明されたか、疑問はないかなどを確認しておきます。自殺念慮がある程度落ちついてきたら、抱えている問題の具体的な解決を支援したり、認知のクセの修正や、トラウマ記憶の処理、対人スキルの向上をはかるなど、必要な“心理療法”的援助を提供していきましょう。
自殺が目前に迫っているという緊急事態に遭遇した際は、家族など関係者に来てもらったり、警察・救急に通報したりといった措置を講じなければなりません。この場合は、守秘義務の例外として対応します。どこかに連絡をしにいく間、クライエントをひとりで部屋に待たすなどして、クライエントから目を離さないことも重要です。
大切な人を守りたい人への対応
自殺を考えている人ではなく、その関係者が相談に来た場合の対応です。まずは、その相談にやってきた人に対し、自殺を考えている人の家族(知人)と見るのではなく、家族(知人)の自殺念慮に苦しむクライエントという見方をしましょう。そうすると、相談に来た人自身が悩み、疲れ、自責感あるいは怒りに苦しんでいることが見えてきます。
相談を進めるにあたって、まずはカウンセラーが落ち着き、場の安心感を作ります。それから、クライエントを通しての情報収集をしますが、具体的にひとつずつ尋ねていき、まず客観的事実の把握に努めるようにします。クライエントは相談に来るまでにも、様々な対応をしてきているのが一般的ですが、それがうまくいってるどうかに関わらず、まずはこれまでの対応を労い、そのうえで、うまくいっているものは継続して頂き、うまくいっていないものについては、違う方法を検討していくことになります。
自殺念慮の確認も、クライエントを通して行っていただくことになりますが、基本的な方法は先に述べたカウンセラーが直接本人に確認するのと同じように、「今」「死にたい」のかどうかを確認してもらうことになります。しかし、クライエントはカウンセラーではないので、最初からうまくはできないかもしれませんし、そうすることに抵抗があるかもしれません。まずはそのような確認をする意味や効果を十分理解してもらい、場合によってはロールプレイを行って予行演習しておくことも必要です。
クライエントをとおして自殺念慮をかかえる対象者の状態がわかったら、クライエントに、対象者の状態を説明することになりますが、病名や防衛機制などの医学・心理学用語は避け、平易な言葉で説明しなければ正確にニュアンスが伝わりません。因果論で伝えることも避けるべきでしょう。
そして、最後にクライエントに実際に動いてもらうことになりますが、クライエントの性格や対処能力に応じて、実行可能な内容のことを助言することが大切です。具体的には、刃物やロープは目につくところに置かない、薬は預かる、夜1人にしない、会社に事情を説明して休ませるなど具体的なものが良いでしょう。クライエントが自分で動けない場合や、カウンセラーが動いたほうがうまくいく場合などは、カウンセラーが代わりに行います(たとえば、精神科受診の段取りや、サマリー作成など)。
最後に、カウンセラー自身の心の健康について触れたいと思います。外傷体験を追った人の話に耳を傾けることで生じる、被害者と同様の外傷性ストレス反応を二次受傷と呼びますが、自殺を考えるほどの苦痛を抱える人の話を聞いたり、自死遺族の話を聞いたりすることで、カウンセラーが二次受傷を負う可能性もあります。完全に予防できるものではありませんが、職場の同僚や上司に相談しながらケースに対応したり、SVを受けたりといったサポートを受けることや、自殺念慮のような深刻な内容のケースばかりにならないよう、仕事を組み立てるなどして仕事のバランスをとるなどの工夫である程度防ぐことはできます。どうしても自分自身がしんどくなってしまった場合は、自分がカウンセリングを受ける、精神科を受診するといったことも考慮したほうがいいでしょう。
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