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仕組みをデザインし、新たな音楽文化をラディカルに創造する〜株式会社coton 濵野峻行さんインタビュー〜

「Pokémon WONDER」は、広大な敷地で草木をかき分け頭をひねり、家族や仲間と力を合わせて「ポケモン」を探し出すアドベンチャーランド。
 子供たちに、自然の神秘や不思議さに目を見張る心 =センス・オブ・ワンダー を育んでほしいという思いのこもった場所でもあります。
 この広大な屋外施設をサウンド面から支えるシステム構築を統括した濵野峻行さんに、cotonの提供したソリューションと、cotonがこれから目指す未来について聞きました。

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自然と呼応し没入感を高める音環境

ー Pokémon WONDERが大人気ですね。SNSにも「期待以上に楽しかった」「夢中になってあっという間だった」「大人も本気出す」「また行きたい」といった声がたくさんあがっていて、中にはこんな感想もありました。
「手付かずの自然の中で、霧に包まれたり、BGMが流れていたり、ポケモンの咆哮が聞こえたり。自然の中に演出するための装置を紛れ込ませているので、わくわく感が高まりました☺」

濵野:お陰さまで、なかなか予約が取れないみたいです。
自然と呼応し没入感を高める音響設計を目指したので、とても嬉しいコメントですね。

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2021年7月17日「よみうりランド」の奥、広さ4,500㎡の森に誕生した「Pokémon WONDER」

ー 少し詳しく教えてください

濱野:Pokémon WONDERでの音の役割って何だと思いますか。

ー ポケモンの発する鳴き声や移動する音から、彼らの気配を感じさせることじゃないですか?

濱野:そうですね。加えて、季節や時間、気象状況など、変化する環境を音の面から演出することで、ポケモンの世界に入り込むことをサポートします。また、時間制限のあるアトラクションですから、時間経過を音で感じてもらうことも必要です。
こういった音の役割を、cotonの「soundtope」というソリューションを活用して実現しています。

音のコンテンツをトータルデザインする「soundtope」

濱野: 今回は特に、アナログな自然を生かした体験を提供したいという話を当初から頂いていたので、soundtopeで自然と溶け合う音響空間をデザインしました。さらに、なんといっても広大な屋外が現場ですから、スピーカーをどこに配置するかとか、耐熱、防水(防湿)、防塵などを考慮した空間の環境構築を設計しました。

ー実際の音は何から構成されているんですか

濱野:現地でフィールドレコーディングした音、まさにそのエリアで録った音を拡張して増幅しています。それからポケモンの鳴き声や気配を感じさせる効果音、若干の非日常感の演出としてアンビエントな音、5つのエリアを特徴付ける楽器音なども加えています。

フィールドレコーディングの音は四季によって入れ替えます。そのほか時間(朝、昼、晩)、インターネットから10分おきに取得する天気情報(晴れ、曇り、雨 /雪、気温や湿度)といった要素を元に、各エリアに入ったところで高揚感を感じてもらい、エリア内では体験に没入できるよう、soundtopeが音楽を自動生成します。
ちなみに、音の録音に関しては invisi fellows の米田さんが担当してくれました。

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「ワンダーエリア」「こもれびひろば」「先人の書斎」「ささやきの竹林」「古代の石垣」世界観の異なる5エリアでモンスターを探し出す

ー 音楽を自動生成するとは?

濱野:コンピュータがそのつど状況を考慮して、自動で音源や音楽の要素を時間的に構成し、ダイナミックに音を奏でていくものです。

ー 予め完成しているBGMのループ再生ではなく、リアルタイムに音楽を自動生成する必要があるんですか

濱野:今回はターゲットが自然環境です。季節や時間帯によって出てくる虫は違うし、天候によっても聞こえてくる音が変化する、そういうものを敏感に察知しながら、「自然と呼応するシステム」を提供することによって、体験の質を上げることができます。
BGMはアンビエントな音楽をループ再生する、というありがちな選択にならなかったのは、クライアントが、聴覚がどれだけ体験に影響を与えるか理解してくれていたからだと思います。

このような、ターゲットに合わせた音楽の自動生成の仕組みを予め作ってしまうのが、soundtopeなんです。ですから例えば、デスクトップ上の仕事がターゲットの場合は、ユーザーの心理状況や作業内容を構成要素に加えるということもあります。(「Work Design Music」 )

ー 没入できるような工夫というのは?

濱野:これもsoundtopeに共通した考え方ですが、音楽的な複雑さをコントロールするんです。単純すぎても複雑すぎても人は飽きてしまい、そこから注意が逸れてしまったり逆にその音を聴きすぎたりしてしまいます。ここではポケモンを探すという行為に必要な脳のリソースの邪魔をせず、集中力を上げる音環境をコントロールします。

例えるなら、DJはその場の人々が求める雰囲気に合わせた音楽を人力でリアルタイムに選択してかけていきますよね。それを自動で生成する、みたいなイメージです。

ー この現場にスピーカーやPCを設置するのは大変なことですよね

濱野:屋外に屋内的な環境を作ることに苦労しました。屋外設置にも定評のあるパナソニックのタフブックを採用しましたが、そのためにソフトウェアを変更せざるを得なかったり、​​耐熱防湿対策や植栽についても複数社で協議して進めました。

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各エリアにはポケモンだけでなくスピーカーも隠れている

遠隔、屋外の現場を協業することで得たノウハウ

ー今回の「Pokémon WONDER」で新たに得た知見などありますか

濱野:それは沢山あります。soundtopeのバリエーションが広がり、屋外の実装にも耐え得るシステム構築ができたので、今後提案の幅が広がります。
また今回初めて、遠隔からの監視システムを導入しました。今私の手元にあるこのPCからでも現地のsoundtopeの状況をチェックできていますし、実はコントロールも可能です。これで遠方のプロジェクト、場合によっては海外案件なども視野に入ってきます。
それから、音を編集するシステムもオンライン化しました。今まではプログラミングに習熟しているcoton内部の人間だけで作業していましたが、オンラインで簡単に編集できるインタフェースを整備することで、プログラムを直接さわれなくても生成される音楽の編集ができるようになりました。これにより音楽家である米田さんともスムーズにコラボレーションすることができました。

ー米田さんからも、「今回初めてcotonチームとプロジェクトでご一緒しました。時期的に多人数で集まることが難しく、一度も直接お会いしなかった方も多いのですが、Slack などのいくつかのツールを活用して、全体像が把握できるようになっていたし、詳細について質問をしても誰かがすぐにサポートしてくれなど、リモートワークであってもパフォーマンスを落とさないための連携が取れていました」とコメントいただきました。

cotonのチームとしての強みとこれから

ー 少数精鋭のcotonですが、強みはなんだと思いますか

濱野:単に作曲ができるとかプログラミングができるということではなく、音楽ができる仕組みをデザインすることで、新しい音の体験や価値観を提供できるところだと思ってます。

いい例が「beatcamera」という、スマホの動画をボタンひとつで思いもよらないビートの映像に変身させるアプリです。STARRYWORKSとinvisiとcotonで共同開発し今年8月にリリースしました。
こういった「仕組み」を作ることで、音楽の外にあるものを巻き込んで、新しい音楽の文脈を生みだすことができるんです。

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ー 濱野さんは、学際的な立場での研究活動や、音大、美大で学生への指導など、ベンチャーを起業するという場からはやや離れたキャリアを積んでいる印象がありました。

濱野:一昔前は大学での研究というと形式が決まっていたように思いますが、今では大学発のベンチャーも出ていますし、研究・開発も多様化しています。

もとを辿れば2008年〜14年に、JST ERATO 岡ノ谷情動情報プロジェクト内の音楽サブグループで古川先生(coton顧問、東京芸大教授)たちと音楽情動の研究を行ったことが、soundtopeの元となるシステムの開発を始めるきっかけになっているんです。

coton創業から2年が経ちましたが、当初思いもよらなかった企業から引き合いがあったり、打ち合わせが進んでいたり、企業だけでなく、社会全般の音に対する関心の高まりを感じています。
私としてはcotonがビジネスとして成功することで、新しい音楽の楽しみ方や、今までになかった音楽文化の形成に貢献するなど、よりダイレクトに社会に影響を与えることができたらと思っています。

ー 今日はありがとうございました!

濵野 峻行 coton最高技術責任者、東京藝術大学/国立音楽大学 非常勤講師

国立音楽大学音楽文化デザイン学科卒業。オランダ王立音楽院ソノロジー研究科修士課程修了。2014年まで科学技術振興機構ERATO岡ノ谷情動情報プロジェクト研究員(理化学研究所脳科学総合研究センター客員研究員と兼任)。東京芸術大学大学院美術研究科後期博士課程修了。これまで玉川大学、国立音楽大学、東京芸術大学で非常勤講師を務める。先端芸術音楽創作学会運営委員。作曲、コンピュータ音楽、画像処理、生体信号解析、ソフトウェアエンジニアリングを学ぶ。インタラクティブなパフォーマンスやインスタレーション作品を制作し、国内外で研究発表を行う。また音楽やメディアアートのための創作システム開発のほか、開発マネージメント、ICT・プログラミング教育活動も行う。

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