ショートショート137 「デトックス」
現代人はスマホ、パソコンに毒されている。
週に一度くらいはデジタルから離れる「デジタルデトックス」の日を設けることが、身体にもメンタルにもいいらしい。
なるほどなるほど。確かに、休みの日も四六時中仕事の連絡が来やしないかとスマホを握りしめ、こんな小さな装置がブルッと震えるたびにヒヤッとする生活なんて健全ではないだろう。
仕事熱心? いや、臆病なだけさ。放置するのが怖いんだ。今日気づくことができれば、休み明けに何か対策を思いつくかもしれない。
まぁ、思いついた試しは全くない。ただ、ビクビクして休みを過ごすだけだ。怯えて過ごすのが嫌で、休みを潰して出社することだってザラだ。
そんな自分と訣別するには、このデジタルデトックスはピッタリだ。そう思った。どうせなら、思い切って自分を変えたい。そんな想いで、デジタルデトックスに、さらなるデトックスを掛け合わせるべく山へ来た。
デジタルから解放され、自然の中でおいしい空気の食べ放題だ。真のデトックスが俺を待っているはずだった。
……ここは、どこだ。
非日常的な場所にいる開放感から、ちょっと谷底に身を乗り出して覗いてみたのがいけなかった。そのままバランスを崩して底まで転がっていった。
しばらく気を失っていたみたいだ。どれくらい時間が経ったのかな。幸い身体のどこにも痛みはない。
あぁ、なんであんなことしたのかな。きっと自分は変わったという確証がほしかったのだろう。これは「普段と違う行動」という記号でそれを測ろうとした愚かな俺へのバチかもしれない。
とりあえず助けを呼ばないと……あぁ、デジタルデトックス様様だ。スマホは家に置いてきた。そもそも通じるかどうか謎だけど。
ひとまず登山道へ戻ろう。俺はどちらへ行けばいいかもわからなかったが、とりあえず歩き出した。
山の地面は木々が日光を遮っているので常に水気をはらんでいる。歩くたびにグジュリグジュリと不快な音が鳴る。
歩きづらいのはぬかるみのせいだけじゃない。やはり落下の衝撃で何処かダメージはあったのだろう。痛みはないが、歩きづらくて仕方がない。腹も減っていない、が、喉だけが猛烈に乾く。
……。
どれだけ歩き回ったのかわからなくなった頃、ようやく登山道まで戻ってこられた。
とにかく水だ。向こうから登ってきているカップルにワケを話して水を恵んでもらおう。
「う’’ぅ’’ぅ’’ぅ’’ぅ’’ぅ’’」
声をかけようと思ったが、喉が枯れていて唸り声しか出てこなかった。カップルは俺の姿を見るなり、男も女も喉の底から悲鳴を張り上げ逃げ出してしまった。
(まってくれ。。。)
伸ばした腕がクジュッと音を立てて地面に落ちた。
あれ?
長袖にグローブだから気づかなかった。落ちた腕は、剥き出しの骨にわずかな肉片がこびりついているといった有様だ。
自覚した途端に、頭皮がズルりと頭蓋の輪郭をなぞって落ちていく感触がする。
一体、どういう理屈だろう。
俺は、既に死んでいたらしい。ある意味新しい自分だろうか。
全く、デジタルデトックス様様だ。
<了>
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