見出し画像

ショートショート80 「おとなふりいだむ」

 小さい頃、大人はいいなぁって思ってた。

 スキなお菓子を食べられるし、夜遅くまで起きてていい。ご飯のメニューだって、たまにリクエストを聞いてくれたけど、大体はお母さんが決めている。

 私にはコーヒーは飲んじゃダメ! なんていうけれど、自分は毎日飲んでいるし、テレビのチャンネルだってお父さんが観たいものをみんなで観なければいかなかった。

 お風呂に入るタイミングもいちいち指示されたし、絵本に夢中になっていたのに「お手伝いしなさーい」と言われると逆らえない。

 子どもは誰しもそう思うのだけど、私も多分に漏れず「早く大人になりたいなぁ」なんて思っていた。

 24歳。まぁ、大人と言われる年齢になってみて、一人暮らしもするようになった。毎日何を食べるか自分で決められるし、どんな服を着て、どこでどんな風に過ごすか、それを決めるのも自分だ。

 やっぱり大人っていいじゃん。

 まぁ、なんでも自分で決めていかないといけないって思ったより大変で、お金だって無尽蔵にあるわけじゃない。仕事は学生時代には想像もできなかった責任とストレスが付き纏うわけで、自由じゃなけりゃ大人なんてやってられないというのが真実なのかもしれない。

 極め付け、大人になったからといって自由ってわけにいかないのが恋だ。

 こればっかりは子どもも大人も相手のあることで思い通りにはならない。

 入社してから密かに想いを寄せていた先輩に恋人ができたらしいことを先週知った。

 胸に抱えた恋の花火は打ち上げられることもなく不発で終わったことになる。

 こんなことなら想いを告げていれば、振られたとしても後悔は残らなかったのかな、とも思うけど、言わないという判断をしたのも自分なのだから、その責任を自分で消化して背負わないといけないのが、恋のつらいところ。

 恋の花火は不発であっても、放っておけば暴発の危険がある。

 私は、気持ちに折り合いをつけるためにいわゆる傷心旅行にきている。

 眼下に拡がる穏やかな海を見ていると、失恋の悩みなんてふっと……んでくれたらいいんだけどねぇ。

 結局、恋の悩みは恋で解消するしかない。気晴らしは一時の現実逃避の役割は果たしてくれるものの、問題の本質は解決しない限り胸に留まり続ける。

 そうはいっても、こうやって失恋の悩みにどう折り合いをつけるか、自分の行動を選択できるのは大人の特権だ。

 そして、明日からの自分の行動を決められるのも、また大人の特権。

 新米だけど、私はレディなのだ。

 穏やかな海原を切り裂いて進む船を見ながら思う。

 私はもう船に乗せてもらう側じゃない、自分で航路を決めて進む船なのだ。

 絶対いい恋してやる。

 残っていたアイスコーヒーを飲み干して

 当てはないけど、前に進むため私は席を立った。


<了>

サポートいただいたお金は、取材費/資料購入費など作品クオリティアップの目的にのみ使用し、使途は全てレポート記事でご報告致します!