ショートショート115「ハートの元素」
「おぉぉ」
満天の星空。言葉としては知ってた、写真なんかでももちろん見たことはあるけど、実際目の当たりにすると、そのスケールに思わず声が出る。
「わぁ」とか「キレイ」とか、かわいく言ってみたかったんだけど、最初に感じるのはその輝きの美しさよりも、押し寄せるような雄大さで、その圧に押されて呆けた声が出てしまった。
隣の悟(さとる)に目をやると、あごに手を当てて、何かに確信を得たように「へぇ」と声を漏らしている。一体何が「へぇ」なんだろう、と思いはしたけど、多分私と同じくこの空に圧倒されてちょっとバグってるんだ。きっと。
「人ってさ」
「ん?」
「死んだらお空の星になるって言うじゃん。じゃあ、あの辺の星って一体どこの誰だったんだろうね?」
まだバグが直らない私は、とりあえず頭に浮かんだことを悟に投げかけてみた。
「あぁ、それね。実際は逆みたいだよ」
「え?」
「人が死んだら星になるんじゃなくて、星が死んで人になったってこと」
「どゆこと?」
「生まれたての宇宙には、水素とヘリウムしか存在してなくて、人体を構成するのに必要な元素……酸素とか、リンとか、炭素とかって、全部その後生まれた恒星の中で圧縮されて創られていったんだってさ」
「ほう」
「それで星が寿命を迎えて爆発して宇宙空間に飛び散って、また新しい星ができて……を繰り返して今に至っていると言うわけ。だから、俺たちの身体を構成している元素は、元々はどこかの宇宙の星だったっていう話」
「マジ?」
「マジ……らしい」
科学のロマンは時に文学を超越する。けど、私たちは冷めているとはいえカップルなわけで。できればこういう場所では、父親が息子に語って聞かせる宇宙のロマンじゃなくて、星の輝きを二人の未来に喩えるような、ロマンスがほしいと思ってしまうのは贅沢でしょうか。
悟は付き合い初めの頃から感情表現が豊かな方じゃなかった。デート中も真顔のままだし、面と向かって「好きだ」と言われたのも、告白された時を除いて記憶にない。付き合って五年ともなれば、それはますます拍車がかかり、お互いの部屋にいても二時間もの間、数えるほどしか会話しないと言うこともしばしばだ。
そんな悟に、シチュエーションを変えたくらいでロマンスを求めるのは酷というものかも知れない。
それに、私自身がそんなものを求めていないのだろう。悟と五年も続いているのは、その気を使わない・気取らない・飾らない関係がラクで居心地が良かったからだ。自分の生活に無理を持ち込まなくてもいい。でも、恋人はいる。それがいい。
でも、あまりに落ち着いてしまうと、その先に進む必要性を見失ってしまうのか。ぼちぼちアラサーの私たちの間に「結婚」というワードはついぞ生まれる気配がない。この落ち着いた関係も、あまりに引きずりすぎると賞味期限が切れて、腐敗していくような気がする。
「星がみたい」
唐突にそう提案した。自分でも「あれ?」と思った。まぁ、思い浮かんだんだから仕方がない。死に絶えたと思っていた私の中の乙女がトキメキを求めてそう言ったのか。停滞した現状をちょっとでも前に進めたいという理性がそう言ったのか。どっちなのかはわからないけれど。私はそう提案して、悟は承諾した。そして、私たちはここにいる。
まったく普段通りの私たちで。
(うーん、やっぱりかぁ)
と、すこし残念なような、逆に安心なような、そんな気持ちで空を見上げる。星空はロマンいっぱいに輝いてる。
「千花」
不意に呼ばれて悟の方を見る。その手のひらには蓋の開かれた小さな箱が包まれていた。
「結婚してほしい、俺と」
淡々といつも通りの悟が、いつもと違う言葉を告げる。驚きと、うれしさとが入り混じって心に流れ込んでくる。待ち焦がれたロマンスな瞬間だったけど、不慣れすぎて溺れてしまいそうだ。
無言で頷くと箱の中身を手に取り、薬指にはめる。小ぶりだけども上品な形のダイヤが光ってる。
「この……」
「ん?」
「ダイヤもさ、どこかの星だったの?」
「あぁ、ダイヤは炭素だから。そう言うこと……じゃないかな」
「ふふっ」
「なんで笑うのさ」
「なんでもない」
いつも通りの受け答えに、おかしくなってきた。
今のこの気持ち。これも、どこかの星の爆発で地球にやってきたものだったりするのだろうか。
いや、それはないか。これは爆発みたいな激しいものじゃない。じわじわと温かい緩やかなしあわせなんだから。
<了>
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