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【短編】ディッキンソニアの還った日-02

 自室でベッドに寝転び、夕飯までの時間を潰す。

 上げ膳据え膳は、帰省した子どもの特権だ。何もしないのも申し訳ないので、簡単な家事手伝いくらいはするけれど、それでも全ての家事・炊事・洗濯をワンオペしないといけない一人暮らしに比べると、VIPにでもなった様な心地の良さがある。

 独り暮らしの自由、たまの帰省で満喫する特別待遇。この二つのコントラストが、私の大学生活を彩っているといっていい。

 呆けていると、部屋の隅で動くものが目に入った。本棚に顔がめり込んでいる恐竜だ。干渉してこないとはいえ、レディの部屋にこう不躾に入ってこられてはなんだか気が休まらないなぁ……。

「あっち行ってよー」

 届くはずもない文句を投げかけるが、当然意に介さない様子で恐竜は部屋の外へと抜けていった。

 デリカシーのない太古の生物が顔を出していた位置……本棚に顔を向けると、高校生の頃に集めた科学雑誌・オカルト雑誌が並んでいる。

 そうだった。思えば五年前のあの出来事から、今のこの珍奇な日常が始まっていたのだ。


❇︎ 


 「オーストラリアの海中で、ディッキンソニアが発見された」

 深夜枠のバラエティ番組で取り上げられていた特集で、その聴き慣れない名前を初めて耳にした。

「でぃっきんそにあ?」

 解説を見ると、1mくらいの楕円の姿形をしており厚みは3mmほどしかない。中央に向かって放射状の溝が走っており、その見た目は植物の様だった。恐竜が生まれるよりも億年単位で前の生物らしく、化石から植物か動物かで議論が分かれたが、有機物の付着した化石が発見された事で「最古の動物」と結論づけられた生き物、とのことだ。

 まぁ、シーラカンスという魚だって絶滅したと思われていたものが突然釣り人によって釣り上げられ、現在も生きていることが分かったりするくらいだし、地球ではしばしば人類の理解を越えたことが起こる。

 科学の光がこの世の何パーセントを照らせているのかを考えれば、そのほとんどは闇の中。不思議なことが起こる方が自然なのかも知れない。

 番組の中ではダイバーがカメラを持って海中へと進む。現地のダイバーが指をさし

「あそこだ、あそこにいる」

 と現地の言葉に字幕がかぶせられているが、カメラには海底の砂が映っているのみだった。

 これだけなら現地ダイバーの頭がおかしかった、で話は終わりそうなものだが、カメラマンにも肉眼では見えていたらしい。カメラにだけ映らない。

 捕獲を試みるもそれは網をすり抜け、そこに存在しているのに実体がない、ホログラムの様にそこに存在しているのだという。

 その姿を知る術が肉眼で見るか、目撃した人が描いた姿絵しか無いため、単なるオカルトの類として片付けられた。

 それ以降、年月が経つに連れ、どこそこの海中で三葉虫を見ただの、アノマロカリスは生きていた! だのといった主張が世界中で散見された……が、どれも共通して記録媒体ではその姿を捉えることができず、出来の悪いスケッチしか物証がなかったため、世間は相手にしなかった。


 私はというと、その番組を見て以来この出来事が無性に気になり、小さく取り上げられている科学誌やオカルト誌を親にねだって買い集め、この件に関する情報を高校生ができる範囲で集めていった。

 やれ太陽系に接近している巨大隕石の影響だ、地球外生命体からのメッセージだ、と様々な考察が成されていたが、やはりそれはオカルト誌にふさわしい空想の域を出ないものだった。

 気になったものは実際に体験してみたい。そのフックが何なのかは分からないものの、スイッチが入ると謎の行動力を発揮する私は、いつか、雑誌に取り上げられている場所に実際にいって、この目で不思議な現象を見てみたいと思う様になっていた。


 その願いは、思わぬ形で叶った。ホログラム生物群(と私が勝手に読んでいる)は、進化史をそのまま辿り、海中から地上へと姿を現したのだ。

 太古に絶滅したはずの植物や生物が相次いで発見される様になり、そのどれもが触れない・記録できないという特徴を備えていた。

 そこからさらに数年が経ち、私が大学生に上がったあたりから世界中でホログラム恐竜が目撃される様になり、触れない絶滅種たちの存在は市民権を獲得した。

 日常の中に発生した小さな不思議に過ぎなかったはずの現象が、日常に押し入りそれまでの常識を不思議で塗り替えてしまったのだ。


❇︎

 ブィン。

 本棚を見ながらの回想は、机の上で短く震えたスマホによって中断された。

 メッセージだ……差出人は「ヒロ」

「元気?」

「元気だよ」

「お盆だし、こっち戻ってきてるかと思って」

「うん、実家にいる」

「なんか急に思い出したんだよね」

「へー、そうなんだ」

「なんか通じてるのかも。こっちにいるなら会えない?」


 ……はぁ。行き過ぎた好奇心のツケがこんなところに回ってくるなんて。


「逢ってもいいけど、あなたとはもう寝ないよ?」


 言い訳くらいしたらいいだろうに。

 わかりやすい魂胆を挫かれたヒロ(顔もあんまり覚えてない)からは返信もなかった。


-続-


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