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【短編】しあわせ予備校-2

 黒板にチョークを時に叩きつけ、時に滑らせ、あの独特の眠気を誘うリズムを奏でつつ、田中さんは黒板に文字を書き綴っていく。

しあわせ予備校 カリキュラム

履修期間 ”見つかるまで”

科目 「友達」 「お金」 「恋・愛」 「仕事」

 なんだろう、なんか曖昧でいい加減な気が。

「あの……田中さん?」

 ずっと独り言をいっていた少年がボソッと声を上げる。田中さん(ハリエルと呼んでもらうことは諦めたらしい)は、無言のまま手の平を差し出す形で質問を許可した。

「なんで、その4つ限定なんですか? しあわせって、他にも色々な要素があるんじゃ」

「それはここが、しあわせ”予備校”だからです」

「……?」

 嫌味たっぷりに肩をすくめる少年を意に介さず淡々と田中さんは続ける。

「今言われたようなゼネラルなしあわせに関しては、しあわせ”学校”で教えられる決まりになっています。そこは、これから現世に生まれいく魂であったり転生者用の施設となります。

ここは、予備校ですから。現世での不幸せ要素に直結した科目を履修することで最短ルートでしあわせを見つけ、現世に復帰していただくことが目的なのです」

「じゃあ……この科目って?」

「ええ、皆さん四人が現世で不幸だと感じる要因を科目にしました」

 そうなの? という表情で周りを見渡してみると、他の二人も同じように周りを見渡している。田中さんがいうように「記憶が追いついてきていない」せいなのだろうか。今一つピンとこないらしい。

「まぁまぁ、もうしばらく経てば記憶も戻ってきますので、ご心配なく」

パン パン と柏木のように手を打ち合わせ、田中さんは説明の続きに注意を促す。

「講義は四人一緒に、それぞれの科目を順番に履修していきます」

「ミスター田中!」

 遮るようにビジネスマンのおっさんが手を挙げる。

「なんでわざわざ四人一緒に受けるのか……ですか?」

 想定済といった様子で、田中さんはビジネスマンの言葉の続きを紡いだ。

「そうだ。それぞれの不幸の原因は違うんだろう? そりゃそうだ、しあわせだって、人それぞれなのだから。

なら、個別授業を行った方が却って効率的だろう。自分に関係のない内容を聞いたって仕方がないじゃないか」

「例えばです。

とある男性が、愛について悩んでいた。彼は”愛さえあれば、それでいい”が信条です。彼は、愛する妻へ花を買って贈ることを欠かしませんでした。

生活はとても貧しく、家賃の支払いが滞り、電気もガスも、水道すら止まりかかっているそんな生活の中でも、妻への愛の言葉と共に花をプレゼントすることだけはやめなかったのです。

そんな彼の想いとは裏腹に妻の表情はどんどん暗くなっていきます。彼は、自分の愛がなぜ伝わらないのだろう……と頭を悩ませ、なんとか愛を取り戻したい、そんな風に悩んでいます。

さて……これって、愛の問題でしょうか?」

 え……ここで、俺に振るの? 予想外に当てられて「うえ?」と変な声が出たものの

「いえ……お金の問題だと思います」

 ここにきて初めての言葉を発した。

「そうですね。まぁ、これは極端な例かも知れませんが、しあわせというものは、一見自分が思っているのとは違うことが原因で離れてしまっていることもあります。

何より、個人の信条・こだわりが反映される側面がありますので、視野が狭まりがちなのですよ。

ゼネラルに全てを学ぶ時間もない、かと言って個人レッスンでは視野狭窄に陥る可能性も高い。

そこで、考案されたのがグループで進めるこのやり方です。まぁ、急がば回れ、というやつですね」

 田中さんの説明に納得したからなのか、抗っても無駄そうだと察したからなのか、ビジネスマンは腕組みをして大人しく席に座っていた。

「でもさ……」

 ここで、少年が喋り始めた。

「田中さんが天使ってことは、上司は神様なんでしょ? 神様だったら、個人レッスンでもうまくいくように、その後の人生をちゃんとサポートするとか、そもそも不幸にならないように人間をちゃんと見てて欲しいんだけど……」

 田中さんが大きくのけ反り「う〜わっ」と声が出ていそうな勢いで顔をしかめた。短い付き合いだが、こんなに生きた表情の彼を見るのは初めてだ。

 すぐに無表情に戻った田中さんは、

「それ……神ハラですよ」

 と咎めるように言葉を返す。

「神様だってね、基本的には目は二つで、手足は二本ずつ。とても全ての人間の面倒なんて見切れませんよ。なのに、人間ときたら相手が神だと知るや否や、失敗なんて許さないとか、神なんだからこーしろ! とか。

時代錯誤ですよ、そんな考えは。あらゆる価値観を受け入れていこうとする現代。神様にだってもっと自由があっていいはずです。

神ハラ反対です」

 淡々としているが、ちょっと早口な田中さんから怒っていることが伝わってきた。少年は、というと逃げるように視線を逸らし再び机に向かってモゴモゴと口を動かしている。

 教室に気まずさが漂い始め、肌にまとわりつくような感覚がする。ここは、大人の俺がフォローするべきだろうか。

「あの、田中さん」

「なんでしょう?」

「四人という数に意味はあるんですか?」

「その質問、何か意味あります?」

「いえ、ただの興味です」

「特別な意味はありませんよ」

「まさか、死人(四人)と掛けてます?」

「……」

 無視されたのか、図星だったのかは分からないが、田中さんは

「それでは、最初の講義を始めましょう」

 と黒板を消し始める。

「え? 休憩とかないんですか」

 ずっとオドオドと黙っていた女の子がここで抗議の声を上げる。

「大丈夫です。皆さん、今幽霊みたいなものですから、お腹も空かなければトイレに行く必要も、眠る必要もありません」

 ……そうは言われても、意識が戻ってからそんなに時間が経っていないので、田中さんの言葉が本当なのかどうかは分からない。

 だた、有無を言わさず講義が始まることだけは、ハッキリと分かった。

<続>

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