ショートショート133「コンピューター次長」
「その件に関しては、プログラムにないから判断できない」
定例報告で判断を仰いでみたが、目の前のロボット次長はそういった。クソ真面目な人間のことをロボット、と揶揄することがある。実際、高橋次長は陰でそう呼ばれていた。
でも、今目の前にいる高橋次長の見た目そのままの存在は、文字通りロボットなのだ。
高橋次長が胃潰瘍になったとかで、しばらく前線を離れることになり、その間の代理として派遣されてきたのが、このロボットだ。
別に見た目を次長に似せなくてもよかったと思うのだが、どうもロボットメーカー主導の社会実験の一旦らしい。
急な欠員でできた組織の穴を、ロボットが補完する。穴を完璧に塞ぐには、同じ人間がいるかのような環境が一番、という仮説に基づいているんだそうだ。
別に高橋次長に大した思い入れはないし、見た目を似せてくれなくて全然よかったのだが……。技術の進歩が恨めしい。
ただ、ロボット高橋の代わりにロボットがやってくる。このニュースを聞いたときは、ロボットならもっとマシに仕事をしてくれる! と期待に胸が躍った。
次長は、堅物できっちりと決まった流れでしか業務を行わないし、その上仕事を抱え込んでしまうので疲労からケアレスミスをする。
ロボットなら疲労は関係ないし、どーせ本人がいても融通は効かないのだから、それならミスしない方がいいに決まってる。
今は「プログラムにない」という理由で判断できないことがほとんどだが、それも自己学習を繰り返すことで幅が広がっていくらしいし。
まぁ、しばらくの辛抱だろう。
◆◆
「それは、部長の判断を仰がないと無理だ」
一ヶ月経っても、ロボット次長はこの調子だった。いや、これが学習の結果なのかもしれない。
難しい案件は、必ず上司に報告を。
組織において是とされるこの考え方を愚直に実行すると、こういうことになるのだろう。
これなら、高橋次長本人がいるのと何も変わらない。いや、むしろ状況は悪くなっている。
ロボット次長は、定例報告の予定を絶対に忘れないし、スケジュール通りにそれが行われることを強いてくる。
これなら疲れている時は、定例の存在を忘れてそのまま流してしまう人間次長の方が幾分マシだ。
「……ったく、ロボットだろうが本人だろうが使えねえじゃねえか」
あ、本人の前で言ってしまった。まぁ、どうせロボットだし感情はない。構うもんか。
そのままドカッと自席に座った。
パソコン画面に目をやると向かいの席の後輩が社内チャットを送ってきている。
「先輩、まさか先週の社内メール見てないんですか?」
「メール?」
「高橋次長、今日から復職ですよ」
……マジかよ。
疲れて見落としてた。
<了>
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