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【短編】ディッキンソニアの還った日-04

 亜実と地元のカフェでお茶したあの日は学生時代の懐かしい思い出となり、今となってはなんだか記憶の輪郭も朧げだ。

 社会人三年目の私は、こんな不思議な世の中で粛々と社会の荒波に揉まれて奮闘している。

 定時上がりを目指したつもりだったけど結局二時間の残業の末、帰途につく事になった。

 大通りを少し外れた住宅街、石塀に囲まれた家々の間を縫って歩いていると、突如目の前に甲冑を着た男が飛び出してきた。

「ひゃあっ」

 あまりにもマヌケな声を出してしまい、誰かに聞かれてはいまいかとキョロキョロした後、かけ忘れていた電子ゴーグルを取り出して装着する。

 ホログラムの生き物は、カメラには映らない。何故だかは説明できないけれども、確実に目の前にある現実に沿って開発された代物だ。今となっては、老いも若きもみんながみんな、メーカーは違えどそれぞれに、外を出歩く際はゴーグルを着用するのが常識になっている。

 無料のテーマパークが屋外で展開されたかの様に、恐竜が世間を賑わせたのも今となっては過去のこと。ある時を境にパッタリと恐竜たちは私たちの日常から姿を消した。……それこそ、絶滅してしまったかの様に。

 その代わりに絶滅した哺乳類や鳥類の姿が観測される様になり--とは言っても相変わらずホログラムで、見えこそすれど触れはしないのだが--、しばしばニュースで報道されはするものの画面に映るわけでもないし、映ったところで恐竜ほどの知名度もロマンもない。一般人は見向きもせず、発見の喜びは、一部の生物学者達の間でのみ共有されるに留まった。

 実際、その頃見かけた生き物たちはそれが新種なのかどうかすらイマイチ分からなかったし、都会には不似合いなくらいによく見かけることから「あぁ、あれはホログラムの類か」と判別しているに過ぎなかった。

 再び世間が賑わってきたのは、マンモスやサーベルタイガーといった知名度の高い生き物が登場し始めたあたり……いや、それらが小さな子どものハートを掴んだのは間違いなかったが、実際に注目が集まり始めたのは人類が登場したからである。

 教科書で見た原人の復元図そのままだなぁ、などと感心したものだが、すぐさまそれは社会問題となる。

 実際に影響がないとはいえ、人型をしたものがそこらじゅうを闊歩しているのだ。動物ならまだ許せていたが、それは大きなストレス源となり、特に夜間はホログラム原人を歩行者と誤認したことによる運転ミスから、交通事故が多発した。

 それを防ぐべく……ということで、急ぎ開発され急速に世界に広まったのが、先ほどの電子ゴーグルというわけだ。

 人型とは言え、見た目がだいぶ違う原人ならば昼間に見間違うことは少ないし、ゴーグルを持たないという人も一定数いたにはいたが、ホログラム生物史の進行は待ったなしである。

 昨今は戦国時代くらいまで歴史が進んだみたいで、先ほどの様なトラブルを避けるためには電子ゴーグルの携帯は不可欠だった。今となっては携帯電話並み……いや、それ以上に普及していると言っていい。

 部屋にたどり着いてゴーグルを取る。……部屋の中央で五人組の武士たちが夜営をしている姿が目に入り、ため息をつくとゴーグルを再び装着した。窓ガラスに反射した出目金みたいなマヌケな姿に嫌気が差すも、神妙な顔で談義を重ねる武士の姿を見ながらでは落ち着けない。

 とりあえずテレビをつけると、ニュース番組の中でキャスターが告げる。

「明日より数日間のうちに桶狭間の戦いが観測できる可能性が非常に高いとのことです」

 最近では、歴史的事件をライブで観ようと現地に出かけていくのがブームになっており、ニュースでは天体ショーと同様に歴史ショーの予報が展開される様になった。

 原因はよく分からないけど、楽しみに変えてしまうあたり、やはり人間はたくましいというかなんというか。

 冷蔵庫にハイボール缶を取りに立ち上がると、テーブルの上のオカルト雑誌が目に入る。

 「地球に隕石が衝突!? あと半年で地球は滅ぶ」

 そんな終末論を煽る見出しが、表紙に躍っている。曰く、同誌でホログラム生物群出現の原因と言われた「巨大隕石」が軌道を変え、地球に衝突する軌道に乗っているとのこと。各国政府はそれを知りながら公表しない、しても避けようがないからだ。

 なるほど。1999年にも同じ様な終末論が世界を賑わせたことがあった様だが、今回みたいな超常現象は起こっていなかった。

 誰も説明ができない今の状況に対して、私はこう考える。

 きっと、あの日。地球上にデッキンソニアが還ってきた日よりもはるか以前から、地球の誕生から今までがホログラムとして再生されてきていたのではないだろうかと。

 そしてそれは、私たちを楽しませるためのエンターテイメントではなく、隕石衝突の運命を悟った地球が、数年をかけて壮大な走馬灯を見ていたのでは。

 そんな風に考えながらも、私は明日も仕事に行くだろう。私の考えが正しければ、あと半年もしないうちに世界は終わってしまうのに。

 もし、隕石衝突が事実だとして、それが発表されたら、世の中はどうなるだろうか? やっぱり大パニックになるのかな?

 それとも、案外フツーに生きて、フツーに終わりを受け入れていくのかも知れない。

 日常なんて、そこに異常が押し入ってくれば簡単に上書きされ、受け入れられてしまうものなのだから。

-了-

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