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ひと と もの の距離

20代前半の頃から魅かれてやまない香水がある。
そのころはまだ日本では販売している店が限られていて、渋谷に本店があるセレクトショップの一角に知る人ぞ知るといったさまでおかれていた。
SNSで紹介されていた一文がとにかく鮮烈で、すぐさまその店を訪れた。
気になったらしょうがないタチなのだ。

店は洗練された雰囲気のオトナな空間で、それに気おされたのもあってテイスティングをお願いすることもできず、横目で盗み見するだけですぐに帰ってしまった。
その経験があってか余計憧れの気持ちは強くなり、販売店が増えたという情報をつかんではそのたびに店に眺めに行きテイスティングもした、たぶん半年に一回は行っていた。
冷やかしにも限度というものがあろう。
香りを嗅ぐとますます欲しくなるのだが、買えない。
値段が、というのもあったが香水自体にあなたにはまだ早いと言われている気がしていて。
はじめて興味をひかれたSNSにも「経験を積み重ねた女の香り」というふうに書かれていた。
まさしくその通りで、香りから柔らかでありながら芯があり、一度出会ったら忘れない、そんな姿がありありと思い浮かべられる。
私と憧れの香水の距離は見上げすぎて首が痛くなるくらい遠かった。

気になる相手のことは調べたくなるのがヒトのサガ。
行き着いた調香師の言葉がとても印象深かった。
"どんどん流通が増すにつれて、自分の作ったものなのに知らないものになっていくことが嫌だった"
そんなニュアンスを含んだコメントのなかには、産み出したものへの慈しみと愛情がある。
一所懸命に育んだものが自分の手を離れて意思を持たずに予想もつかない誰かの手に渡ることがいやなのだろうなと想像する。
自分と製品と消費者と、距離が遠すぎることに嫌気が差したのかもしれないなんて考えてしまった。
それにしても、こんなのますます好きになるしかないじゃんか状態だ…
素敵な人!見た目も中身もど直球ど真ん中のタイプ!と思ったら、親御さんの考え方、めっちゃクールじゃん、そりゃこうなるわ…みたいな。

そんなこんなで恋い焦がれた相手を先日手に入れた。
いわゆる清水買い。
別に憧れの君に近い存在になれるほどの距離は縮まっていないのだけれども、ひとつ事業を始めるにあたって願掛けで買った。
この香水とセットで思い出してもらえるようなひとになれるように。
見上げていた人の隣に立てるように。

事業の内容はPR領域。
クライアントが産み出したものや手掛けたことへの慈しみや愛情を伝えたい相手にしっかりと伝わる仕事がしたい。
ひと と もの の距離が遠いと感じることは、作り手側、消費者側の両方の立場にいても感じている。
同じ思いを抱えるひとと伴走することが目標だ。

憧れまでの距離は遠くとも、まずは一歩だけ踏み出してみる。







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