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風の記憶、時の雫

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note をはじめてみようと思う。 秋晴れの空を眺めていたら、風がやってきて、 そのときにふと思ったわけです。
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2015年5月の記事一覧

夏のぶらんこ

両手で鎖を引きよせながら 脚の屈伸を利用して 両足で座木をけり上げる  きゅゆうい きいい きゅゆうい 止まっていた空気が風になる 誰もいない公園で 風景が走り出す 鎖のきしむ鈍い音が 時間を逆行させるリズムを刻む その分身体は軽くなる  きゅゆうい きいい きゅゆうい 飛び散るような光の中で 色褪せ始めた過去景が浮かんでくる 空に吸いこまれそうな想いが引きもどされる 遠くには河があって たっぷり水を含み流れているだろう きっとこどもたちが水遊びでもしている 低くな

縁というもの

「縁」はつながるものではなく、つなげるものなんだ。 ということを考えた。 人まかせ、運まかせで縁は然う然うつながるものではない。 縁をつなげたいという意思が行動を起こさせ、縁が生まれるのだ。 あの人と会ってみたい、話をしてみたいという想いがそうさせる。誘われたからという消極的参加であっても、そこには行くと決めた自分の小さな意思がある。小さくともその意思が大切なのだ。 それが縁を引き寄せるきっかけとなる。だから縁をつなぐことができるんだ。そして、必ずそこには「言葉」が介在する。

探す

ぼくらには 言葉が必要だった 考えをまとめるにも 手紙をかくにも  想いを伝えるにも ずっとずっと 言葉が必要だった ぼくらには 時間が必要だった 行き先に惑い 自分に苦しみ  切なく枯れるように 泣くのにも それ相応の 時間が必要だった ぼくらには 居場所が必要だった こどものころは 秘密基地だったし 親を閉め出した 自分の部屋だったし だれにも邪魔されない とっておきの場所だった ぼくらは不完全で いつも何かが欠けていた ぼくらは弱くて かなしいほど弱くて ぼくらは

何の迷いもなく 何の苦しみもなく 歩き続けることなど誰にもできない 何の疑問もなく 何の悲しみもなく 進むことなど誰にもできはしない 挫折をしらず生きることほど 味気ないものはない 切れ間のない日差しは 空がくれる母のような眼差し絶え間のない息吹は 大地に芽生えた父のような力 時はとまらない いつか出会う かけがえのない人に近づくために 時はさえぎらない どこかを目指す行き交う人と歩み続けるかぎり