雨と音楽

最寄りのバス停で降りると、雨が降っていた。
その日は、どうしても雨が好きになれなかった。
曇る空模様と同じように、憂鬱な心。
少しでも気を紛らわせたくて、イヤホンで音楽を聞きながら帰ることにした。
大好きなアルバムのクロスフェード動画を流す。
下を向いて歩きながらも、少しずつ息がしやすくなるのを感じた。

実際には数分しか歩いていないけれど、とても長く歩いたような気がした。
帰るべき家が近づいてきてふと顔を上げる。
すると、魔法にかかったように世界が美しく見えた。
目の前の景色と聞いていた音楽が、急に一体化したような感覚だった。

ゆったりしていて壮大な歌が流れ、
遠くを歩く人や落ちる雨が見えて、生暖かい風が吹く。
世界が0.5倍速になったかのように、ゆっくり動いているように感じた。
この景色がとてもとても美しく、思わず立ち止まる。
そのまま少しの間、家の近くでぼうっと立っていた。
ふと我に返ると、歌の再生が終わっていた。

音楽が世界の中に溶けているような感覚を初めて経験できて、それがとても心地よかった。

写真は撮らなかったけれど、この日見たものはずっと憶えているだろうと思う。


その日見た景色は、
なんでもないただの雨や風であり、これからもう一生会わないかもしれない人 だった。
だけどそれらは、その瞬間の私の心に確かな影響を与えてくれた。

人の生涯で、触れられるものは少ないかもしれない。
だけど世界の何もかもがどこかで繋がっていて、水面下で影響し合っているとしたら。
全く知らない世界にも少し優しくなれるかもしれない、とこの経験を通して思う。


そんな考えを届けてくれた歌と世界に抱いた愛情を忘れないために、この文章を書いた。

家に入る頃には雨が上がっていて、水滴が優しく光って見えた。

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