見出し画像

醜い自分を感じてみた


最近の出来事。

仕事でやりとりをしている相手から、なかなかレスポンスが来ない。
ボールは相手が持っていて、そのボールが返ってこないと、私は次の行動が起こせない。

「ちょっとー、なんで返事くれないの」
「普通さー、この状況だったら早めに連絡するよねー」
「ちょっともう早くしてよー」

とぶつぶつ呟いてイライラしている自分に気づき、ハッとしました。


常日頃コンサルティングや研修の場で、

「相手が自分と同じ価値観を持っていると思いこまないこと。相手の視点に立って物事を捉えよう!」

と偉そうに伝えているにもかかわらず、結局言動が伴っていないじゃないか・・・と自分が醜く感じました。


少し前までの自分だったら、「そんな自分はダメ」と見たくない自分を奥底に押し込めて、きっと見てみぬふりをしていただろうなと思います。
「相手に対してイライラしちゃダメ。ちゃんと相手を理解してもっと広い心を持たなきゃ」みたいな理想を無理矢理自分に言い聞かせて、醜い自分を切り捨てようとしていたと思います。

ところが、醜い自分を何度も切り捨ててしまっていたことにより、数年前にメンタル不調に陥りました。自分に自信がなくなり、何も行動できなくなり、最終的には自分を受け入れられなくなっていました。

自信を持って行動を起こすには、今の自分を少しでも受け入れることが大事なんだということを実感し、そのために醜い自分との向き合い方を考え始めました。


醜い自分をただ感じる

画像1

誰かを傷つける醜さだったらもちろん改善する必要はありますが、醜い自分を許せないのは他者というよりも、意外と自分だったりするんですよね。だからその醜い自分から逃げようとする。見て見ぬふりをして、その醜い自分を切り捨てようとする。

でも逃げてもそれは自分の一部なので、結局またそんな自分が現れる。

そんな悪循環で自分がどんどん嫌いになっていくぐらいなら、素直にそんな自分を認めてみよう、と意識を変えてみました。

さて、何をしているのか。

ただその醜い自分を感じるのです。

「感じる」というのは、何が自分の中から湧き出ているのかを見つめることです。

妬み、怒り、価値観の押し付け・・・こんな醜い自分が出てきたら、「うゎー、この子、また来ちゃったねー」と自分に声をかけます。いろんな自分がいることを見つめて感じる。そして握手をして抱きしめてあげる。そうすると、少し気持ちが楽になるし、いろんな自分が許せるようになる感覚になります。


とここまで書いてきましたが、まだ私も「醜い自分を感じて認める」状態になれないことも多々あります。それもまた自分の一部。

抑え込まずに否定せずに、そのままの自分を見つめてみようと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?