世界宗教のプロローグ

「宗教」や「哲学」に強い関心を抱くようになったのがいつのことで、何がきっかけなのかは憶えていない。だがそういうわけで時々、宗教関連の本を読んではまんまと内容を忘れてしまうという不要領な私であるが、今日もまた「手に取るように宗教がわかる本」を読み始めた。そのプロローグという宗教全般の成り立ちと区分について書かれた項目を読んだので、忘れないよう記そうと思う。目次は以下だ。

宗教の目的/3つの死生観/日本人と宗教/どのように発展してきたか/多神教と神話/世界宗教/神秘主義思想/西と東の二元論/


○宗教の目的

どのような目的があって宗教は生まれたのか。始まりは、飢餓や疾病の中で「救済」を求めた結果であったという。その救済が現代に於いては、精神的な癒やしや安らぎを与える役割にまで及んでいる。 本書によると、ヨガやアロマなどのメンタルケアやヒーリングもその影響を受けているとの事だった。

○3つの死生観

死生観(死後の世界に関する価値観)は大きく分けて3つ。まずヒンドゥー教、仏教などインドを起源にした宗教と、キリスト教、イスラム教、で全く変わってくる。

インドには「輪廻転生」という考え方が根源的なところに流れているため、ヒンドゥー教では、現世は来世とつながっており、現世には前世の行いが影響すると考えられている。

一方で、キリスト教、イスラム教では、アダムとイブの犯した罪(原罪)を、現世で償い、その生き方によって天国か地獄のどちらに行けるかが決まると考える。

最後に日本の神道に於いては、そのあたりがあまり明瞭にはわかっていないという。

○日本人と宗教

日本人には無宗教が多いと言う。確かに私の身辺にもそういう人はつい先日までいなかった。この間、それこそバレンタインにいまお付き合いしている男性と会っていた時、なんの話の流れでそうなったのだったか彼は「俺、仏教徒だから」と言ったけれど、それが事実なのか私は咄嗟に聞き返せなかった。

たいていの日本人は「どのような神を信じますか」などと聞かれたら、戸惑うだろう。しかしそれは信仰心がない事には必ずしも繋がらない。

大安や仏滅といった六曜を気にする人は案外多いし、スポーツ選手や俳優が、なにかの大舞台の前で参拝に行く姿は時折テレビでも流れる。新年には、無病息災、合格祈願、などに初詣へ行く。

クリスマス、バレンタイン、彼岸に初詣・・・。本書には「日本人は文化カスタマイズの天才」と書いてあった。

日本人は無宗教のように見えて、実際にはどこかで神を信仰している人が多い。しかしそれにしてもなぜ、こう信仰が釈然としないのか。それには、日本国という海に囲まれた特殊な状況にも理由があるのではないか、と本書にはあった。

日本は四方を海に囲まれ、天然の要塞に守られていた。文明大国の中国が基本的に日本侵略を考えなかったこともあり、日本には異文化の民族に征服されることを心配しなくてもよかった。また、天候にも恵まれていた事から、身近な所で農作物が採れている限り、飢える心配は小さかった。 つまり宗教の目的である「救済」を乞う状況に陥る機会が他の国に比べるとなかったからなのではないか、という事である。

○宗教はどのようにして発展してきたか

本書では以下のように三段階で説明されている。

アニミズム(精霊信仰)→多神教→一神教、シャーマニズム

人々はまず火や風などを擬人化し(アニミズム)、やがて豊作祈願として自然を擬人化した神話が生まれ(多神教)、それが全知全能の一神教へ枝分かれしたり、シャーマニズムといった呪術師を媒介した宗教の誕生にまで発展した。

○多神教と神話

多神教は神話なしには語れない。ギリシア、ローマ神話、北欧神話に始まり、「古事記」や「日本書紀」もここに含まれると言う。

神話には様々な神が出てくる。古事記の伊邪那岐、伊邪那美。ギリシア神話のゼウス。北欧神話のオーディン、トール。インドのシヴァ。彼らは皆、なにかの象徴なのだ。

また神話の共通性の一例として本書では「洪水伝説」が取り上げられた。神の怒りによって、人類がリセットされる物語だ。旧約聖書「創世記」にある「ノアの箱舟」が最も有名であるが、古くはシュメール人の神話、ギルガメシュ叙事詩、海幸山幸など多く語られてきたのだと言う。(私はまだそれらにほぼ触れた事がないので、これから読みたくと思う)

○世界宗教

とはなんだろう、と思ったら、世界に広く布教された3つの宗教を言うのだと知った。その3つとは

キリスト教/イスラム教/仏教

対して、ユダヤ教やヒンドゥー教、神道、道教など特定の国や民族の間でのみ信じられている宗教を「民族宗教」と言うのだという。では「世界宗教が成立するための要件」とはなんなのだろう、と思ったらそれは3つあるのだという。

①門構えが広い(選民思想でない) ②文字の読めない人でもわかるような価値観である(共感しやすくわかりやすい価値観。そして神を身近に感じる機会としてイベントがある) ③布教活動を行う基盤(宣教師がいる事など)

○西と東の二元論

二元論というのも初めて聞いた気がする。これは西洋と東洋でだいぶ意味が異なってくる。まず西洋の二元論では「善と悪は相容れないものである」という前提があり、それをグノーシス主義では「この世は悪に満ちている。叡智(グノーシス)により邪悪な肉体から精神は浄化・解放される」と考えられていた。

近代哲学の祖デカルトはこういった。「我思う故に我あり」、それは肉体はそれを知覚する精神があるからこそ存在する、という意味である。

一方、東洋の二元論では「陰陽説」というのがある。それは能動的な「陽」と受動的な「陰」は相反するものでありながら、相互に作用することで物事が成り立つという考え方である。

有名なのが「陰陽魚図」、明るい方は「陽」暗いほうが「陰」。それぞれ魚を表しており、「陽」の魚は「陰」の魚のしっぽを追いかけ飲み込もうとしている。また「陰」の魚は「陽」の魚に対して同じような事をしている。


「陰」が勝るか「陽」が勝るか、或いはこのまま永遠追いかけっこをするのか。

と、ここまでが今日読んだ分のまとめである。理解するには知識がいるし、知識は理解して暗記しなくてはいけない。そんなに要領がいいわけではないので、なかなか難しい所もあるけれど、すっかりグローバルな現代でこそ、宗教は学んでおくべき常識になるだろうと思う。センシティブな問題だから、スマートに配慮できるような大人になりたい。人付き合いは、難しい。難しく、その先に愉しさや共感があるはずだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?