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だから僕はゆっくり階段を下りる

出先から家に帰るために駅に向かう

時刻表を見ると5分もしないうちに電車がくる。

「急げば間に合いそうだ」

小走りにかよいなれた通路を抜け、改札口へと向かう。


「それにしても観光客が多いな」
行き交う人の多さにうんざりしながら、もう何度もその言葉を口にしているような錯覚に陥る。

改札を抜けホームに向かうために通路を曲がり階段を下りる。

割と狭い階段で二人分の幅しかない。

普段から利用者が少ないのか人はまばらだ。


ただ、その日は先客がいた。

左側の手すりにはそれをしっかりと持ち、ゆっくりと階段を下りるお婆さんがひとり。

右側の手すりには足が悪いのか、少し引きずりながらもゆっくりと階段を下りる外国人の女性がひとり。

二人とも同じような歩調で階段を下りていく。

あいだを通っていくのは無理そうだ。


「うんしょ、うんしょ」というオノマトペが脳内で再生される。

つられるようにゆっくりと階段を下りる。

しかし、どうやっても僕の方が速くなる。


距離が縮まってきたところで

お婆さんが「ごめんね」と言った。

「お気になさらずに」と言いながら

気を遣わせてしまったことを少し後悔する。

本当に気にする必要などないのだ。


ただ、その一言があるから「世の中は上手くいっているのかもしれない」とも思える。
無言でいるよりは良いのだろう。

でも、それを言わなければならないという空気は好きになれない。

なかなか言えない人もいるはずだ。


だから僕は今日もゆっくりと階段を下りる。


こしあん




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