『物質文明・経済・資本主義 15-18世紀 日常性の構造』(フェルナン・ブローデル) 序論・まえがき・世界の人口ー案出すべき数字
今回の読書会から、フランスの歴史学者、ブローデルの「日常性の構造」にいよいよ踏み込んでいく。
【概論】
現代の社会を支えている市場経済、そしてその仕組みを支えているのは生産と交換のメカニズムである。ただ、見落としているところをブローデルは明確に提示している。市場経済の下には人間の基本的な活動が行われる不透明地帯として「物質生活」(ないしは「物質文明」)が広がっている。そして、市場経済の上部には、資本主義の領域が広がっている。これらの要素の三層構造を検討していくのが本書となる。
物質文明とは、人間と事物である。ただ、人間が用いる事物(食物・住居・衣服・贅沢品・道具・貨幣・村落(あるいは都市))を研究すれば人間がわかるわけではない。そこでブローデルはその人間の「数」に着目する。すると1800年以前とその後との相違点として、近年は急速に増えていることを挙げる。18世紀までは潮の干満のように上昇と後退を繰り返してきた。そして人口が一切を左右した。増えれば生産が増加し、交換が盛んとなり、農耕地域が広がり、手工業が広がり、集落が拡大した。ただ、その数が「危機の敷居」を越えると食料補給を追い越して生活水準の低下などの問題を引き起こした。そして疫病や飢饉なども含めて残酷な減退が発生し、再び生活水準が上昇するといったことを繰り返してきた。
ただし、ブローデルが中米や中国・欧州での事例を挙げて記載しているように当時の人口統計はかなり曖昧なもので推定するしかない。19世紀から真実らしい統計が得られるようになり、そこから人口が推定されていった。特に確からしい中国と欧州の数字を根拠に他の地域を算定していった(下図)が、アフリカ・アジアについてはブローデルは奴隷貿易やその他の歴史上の事由から考えて多すぎるとしている。
19世紀以降の世界人口の全般的な上昇の理由として一般的には都市死亡率の低下や衛生環境・医療技術の向上、幼児死亡率の低下などが挙げられる。しかし、そういった要因が見られない地域においても人口は増加した。その時代にそれまでの無人居住地帯だったところに入植が同時期に各地で進んだことを挙げている。
ではなぜ同時期に世界各地で入植が進んだのか。その要因として気候変化を挙げている。
15-18世紀は世界の80-90%は農民であり、寒冷期には飢饉となった。ジェット気流やモンスーンなど気候要因によって大きく影響を受けたのである。
【わかったこと】
文中でもブローデルが触れているが人間は地球上において暦、つまり季節の巡りに左右されて生きており、それによって食料の確保量も変わり、住むことができる地域の範囲も変わり、その結果、人口も変動する。人間が生み出している経済変動等以前に、食糧生産量にモロに影響を与える気候変動が人類史の根本となる部分を動かしてきたということを踏まえると、その大きなうねりの中での歴史的な人間の行いなど、所詮はちっぽけなものに過ぎないという巨視的な視点で歴史を見ていくと、また違って見えてくる。
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