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出発前夜

今から20年以上も前、私は8年間のOL生活に区切りをつけ、次のステップへ進むべく、旅人になろうと心に決めた。

旅の目的は、人と出会ってその人たちを知り、未知の体験をたくさん積むことだった。そしてそれを旅日記として記録し、毎日ネットに上げようと決めていた。あまり連絡がマメではない私の動向を、両親も友達もみんなまとめて「ネット見て!」で済ます魂胆もあった。

この日の日記は退職してから一カ月たった出発前夜のものである。
今これを読み返してみると、父は今より言動が若いし、母も祖母も隣のおばさんもまだ生きていたんだな、と不思議に思う。

明日からニュージーランドの暮らしという緊張感がまるでない。若くて向こう見ずだった頃の私の旅日記。お暇な時にでも読んでみて下さい。

※ 旅日記は今後、マガジンでまとめていきます。


何を隠そう、私はパッキングの鬼である。そう、だから私は出発前日の真夜中になっても、余裕ぶっこいて荷物など詰めもせず、だらだらと酒などを飲んでいた。

部屋の片付けはとうに諦めた。人間、諦めが肝心なんだ。
部屋の中は、中途半端に片付いたまま、信じられない惨状だ。父はそれを見て、「おい、片付けどうするんだ!?」とめんたまを引ん剥いていたが、知ったこっちゃない。きっと帰ってくる頃には自動的に片付いているに違いない。なんて便利な時代。(ちがうだろー!)

片付かないのは、そこらじゅうにパッキングされるのを待ち構えているお洋服達が散乱しているからだ。こいつをスーツケースに詰め込んでしまえば、きっと少しは片付いたように見えるだろう。私は、詰め込む洋服をベッドに広げ、小さく丸めて網袋に詰め込んでいく。はー。もう11時だ...。もうやりたくない…。

ガチャッ!(何もしていないのに、ついビクッとしちゃうんだよねー)

ドアが開く。「片付けすんだのか?」あーもー、そればっか。なんで年頃の娘の部屋をノックせずに開けるかなー、この父親は。このちょっかいにパッキングに対する集中力が落ちてしまった。もーいーやー。鼻歌を歌いながらぶらぶらし始める。それを見た母は、「あなた、本当は伊豆に旅行に行くんじゃないの?」と真剣に聞いてきた。祖母は私の旅立ちに興奮して、血圧が上がってしまった。父も落ち着きがない。親戚からも激励の電話がかかってくるし、果ては隣のWDNさん(隣のおばさん)が餞別まで持ってきた。

「だいじょぶだいじょぶ。地球は狭いんだから。」

地球は丸い。そんな大騒ぎしたって、所詮は地球。どこに行ったってぐるっと回れば元に戻ってくるんだから。

今日は徹夜でHPの更新をしようと心に決めていたけど、まじ、ぜんぜん明日出発って感じがしないなー。気分としては、「また来週!」って感じ。興奮も不安も何もないなー。ただ、「もう片付けはやらなくていい」っていう開放感はでかいなー。

さらば、片付け!もう片付けることもないだろう!

そんな気分よ。さー、次にこれを書くときは、知らない国からなんだなー。いろんなこと書くぞ。

(つづく)


ああ、若い。恥ずかしいほど若い。

この頃、私には怖いものがなかった。守るものもなかった。生きていて経験するそのほとんどが初めての体験ばかりの頃だ。歳を重ねるにつれ、どんどん新しい体験というものは減っていく。世の中は知っていることばかりで溢れていく。そのうち、朝の浅い眠りに見る夢もつまらないものになっていくのだろうか。自分の経験に裏付けられた判断でものごとを決めつける自分になり下がるのだろうか。

この時の私にはそんな心配の種の兆しすらない。
幸い、私はジャズという音楽を生業にすることで、いつでもハッとする新鮮さや驚きや感動ができる環境にいる。まだまだ未知の経験に恵まれているし、世の中がどんどん変化していくおかげで新しいことを覚えるチャンスにも恵まれている。

いつまでも柔軟で好奇心に満ちた自分であり続けたい。それは即ち、自己からも自由であり続けるということなのだと思っている。

旅日記はまだまだずっと続くので、ぼちぼちと上げていこうと思う。
※ お付き合いいただければ幸いです。

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