見出し画像

アブラカダブラ


ガタン…。
扉の受入口に手紙がまた届いた。

『おはよう』

たった一言。それだけ書かれた手紙を男は破り捨てた。

___男は監禁されていた。

ここに閉じめられて一体どのくらい立つだろう。

壁一面は『正』の字で埋め尽くされていた。

途中で書く場所もなくなり、書くものもなくなり、それからずっと鉄格子から覗かせる空を見てるほかなかった。

監禁場所にしては部屋の中は明るく、ベットの横には棚や鏡、時計、手洗い場まであった。

もちろんトイレも。

男はここ数年、人は見てなかった。

食べ物も手紙も全て決まった時間に受入口に置かれている。

なぜ監禁されているのか。

なぜ誰も助けに来ないのか。

___誘拐したやつは誰なんだ。

ふと男は棚の中の手紙を見返した。

たまに変な文章が書いてあるものだけを棚の中にしまっていた。

『あなたのせいじゃない』

『きっと大丈夫』

『もう少しで出られる』

___誰なんだ、一体俺を監禁したのは。

手紙を持つ手が震えはじめた。

監禁されてから男の精神状態はおかしくなっていた。

密閉された空間。

何も聞こえない部屋。

毎日何もすることのない日常。

___そういえば、俺は昔何してたっけ。

昼間は会社員、、、いや、公務員だった。

決まった時間に出社して、決まった時間に退社する。

家に帰ったら自分の時間に没頭していた。

なんて幸せな日々だったんだろう。

なんて優雅な夜だったんだろう。

___なんて素敵なご飯を食べていたんだろう。

彼女と一緒に食べるご飯は最高だった。

たわいもないことを話したり、

真剣に悩んだこともあった。

いろいろ相談もした。

大きな決断をするときはいつも一緒だった。

いつも一緒で、彼女が笑うと俺も嬉しかった。

でも、なんでだろう。

なんで今こんなところに、、、。

男は不意に鏡の前に立った。

髪は乱れ、顔がやつれていた。

男の顔は無表情だった。

___笑えない。

いつからだろう、笑えない。

いや、ずっと笑えていないのかも。

そういえば、彼女が笑っている前でも俺は無表情だった。

それがいけなかったのかな。

感情がない、それがダメだったのかな。

___でも、あの時ちゃんと笑えたのに。

鏡に映る自分を眺めながら、男はつぶやいた。

___ねぇ、あの時何がそんなにダメだったの?

真顔の男の表情はいつまでも変わらなかった。

___また、食べたいな。

血の気がないその顔はあの日の夕食を思い出していた。

部屋には…1人。

テーブルには大きな肉の塊。

彼女の腕をむしゃぶりつくその表情は、笑っていた___。



このnoteの記事をもっとより良くするためにサポートをしませんか?未来への記事にあなたからの【投資】を待っています。 より洗練された記事があなたの未来への【投資】ともなります。