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漫画家 is Independent.

個人事業主としての漫画家

仕事柄多くの漫画家さんと交流する機会がある。そこで交わされる会話は、仕事の話だったり旅行の話だったり他愛のない話だったり、じつに様々だ。お互いの漫画論についての話などはあまりしないが、話していると節々にその人の漫画に対する熱情を感じることができ、そこから漏れ出る感情が好きだ。

35歳になっても漫画を毎月数十冊購入し、息を吐くように漫画を読むような人間なので、漫画家に対する思い入れも人一倍強い自負はある(だからこそ、いまやっているナンバーナインでの仕事に全身全霊をかけられていると思う)。

漫画業界に入って5年。僕の中で意識するようになったのが、「漫画家は個人事業主である」ということだ。

編集者やアシスタントとともに商業誌で連載している漫画家さんを見ると、何年もチームで作品づくりに取り組んでいるため意外とその事実が霞んで見えたりする。単行本作業や、映像化が決まった時にはより多くの人を巻き込んだプロジェクトになるのでなおさらだ。中には法人化して事務所をつくったり、アシスタントを雇用する漫画家もいるが、相対的に見ると圧倒的に少数だろう。

それでも、始まった物語に終わりが訪れるように、連載はいつか終わる。1年だったり3年だったり10年だったり、早い時は半年ほどで終わるケースだってある。数ヶ月から一年掛けて連載準備をしたところで始まる保証すらないのだから、どんなに人気作品を生み出していても安定とは縁遠いのが漫画家という職業なんだと痛感する。

そして、漫画家たちは創作の苦労を共有する仲間であると同時に、限られた連載枠を奪い合うライバルでもある。わりとこの意識は強く(まぁ当然でもあるが)、ここでは言及しないがそれ故のトラブルなんかも少なくないと聞く。

血で血を洗う好敵手から、同じ戦場を生き抜く仲間へ

個人事業主という性質上、そういったいさかいはある意味で仕方ないことだと思っていた。誰かの連載が始まれば誰かの連載が終わるし、逆もしかり。悔しさだけでなく、恨み辛み妬み嫉み僻みといった感情が芽生えるのは当然だし、健全とも言える。そんなシビアな世界をハリウッドザコシショウ並に誇張した(描いた)押切蓮介さんの『狭い世界のアイデンティティ』はあながち間違っていないのかもしれない。

しかし、最近は僕自身のそういった考えも少し改めるようになってきた。コミケやコミティアといった同人市場に対する理解が深まり、さらにはSNSやコミュニティサービスを活用する漫画家さんたちとの交流が増えたことが大きな要因だ。

商業連載のように締切に追われながら漫画を描くことの少ない彼らは、ライバル意識もあると思うが仲間意識も強い。商業誌デビューというゴールに向かって競争社会を生き抜いてきたタイプよりも、仕事をしながらも好きな漫画を描いているタイプが多く、いい意味で気負いやプレッシャーとは一定の距離を保てているのも大きいかもしれない。

ナンバーナインのデジタル配信サービスを利用してくれている方々の話を聞いていても、ちゃんとお互いに情報交換をしているし、良い情報を積極的にシェアする性質を持っているように感じる。

かといって、同人作家と言われる彼ら彼女らが(趣味の延長線上で活動する人が少なくない、という意味で)ぬるま湯につかっているかと言われると、決してそういうわけではない。漫画を描くだけでなく、出展申し込み、印刷、販売、PR、売上計算をすべて一人ないし少数で行うのも中々カンタンなことではないのだ。創作以外の苦労も多いため、一人でウンウン悩むよりも二人で協力する。三人寄ればなんとやら、だ。

質よりも愛を重視するマーケットなので、作品のクオリティは玉石混交。それでも、中には年間数千万円を稼ぐプレーヤーも少なくない。820億円と言われる同人誌市場は伊達じゃないなと思う。

商業作家?同人作家?いいえ、インディペンデント作家です。

ナンバーナインが5期目を迎えた2020年9月。社内で共通用語ができた。

「インディペンデント作家」

折に触れて言っているが、その漫画家さんが商業作家か同人作家か、という二元論がもう殆ど意味をなさなくなってきているように思う。どちらが良い・悪いという問題でもない。

同人誌即売会は出版社にとって新たな才能を発掘する素晴らしい場所でもあるし、商業連載を行う傍らで同人誌即売会に参加する漫画家もいる。僕の周りにいる漫画家さんで同人誌即売会に興味があるという声も、以前に比べて聞くようになってきた。

私自身が同人誌の世界に身を置き始めたのが若干2年前ということもありまったく偉そうなことは言えないが、商業と同人の間を行き来する漫画家は今後も増えていくのではないかと思う。

そう考えると、商業作家・同人作家という言い方自体がそもそもナンセンスなのではないか。そもそも漫画家は漫画家で、その殆どが個人事業主である。その本質を忘れず、かつ言葉で活動の幅を制限されないような表現として生まれたのが、「インディペンデント作家」「インディペンデント市場」という考えだった。

「出版社で漫画を描く」ことが唯一の選択だった(ように見えていた)90年代、00年代から時代は変わり、「出版社でも描ける」し、「SNSでも描ける」し、「同人誌でも描ける」し、「電子書籍ストアでも描ける」ようになった。今後それ以外の選択肢も出てくるかもしれない。

ということは、何かに縛られている状況は「漫画を描く選択肢を狭める」ことに繋がる可能性が高い。漫画家としてサヴァイヴしていくためにも、広い視野と高い自由度を持ち続けることのほうが幸せになってくるだろう。

戦う土俵は広がったし、選択肢も増えた。じゃあどうするのか?今後は、その情報をもっとオープンにシェアしていく必要があるのだと思う。こうした思いから生まれたのが、「漫画家ミライ会議」だ。

詳細はナンバーナイン公式のnoteに譲るとして、現在参加申込者は500名を突破。そのうち220名が漫画家で60名が業界関係者で、ちゃんと同じ業界の人たちにも届いていることが嬉しい。

正直、漫画家がこれからどうなっていくのか、どう立ち振る舞うのが正解なのかなんて誰にも分からない。もちろん、登壇いただく15名のトップランナーですら、だ。

だからこそ、少しでも経験や考えをオープンにシェアしていく場を増やしていきたい。そこにナンバーナインの存在価値があると信じている。


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