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シルクロードとローマ帝国の興亡(前編)

育児の合間を見つけては読んでいた、「シルクロードとローマ帝国の興亡」(文春新書・井上文則著)を読了しました。タイトルの通り、シルクロードの交易がローマ帝国にとってどれだけの重要性を持っていたかを論じた本です。

(余談ですが、著者は私が大学の時に所属していたゼミの先輩です。卒業してすぐの頃に一度だけ飲んだ記憶がありますが、しばらくお会いしていないと思います)

さて、ローマ帝国が興隆した理由・衰亡した理由については、すでに色々な説が知られていると思います。

興隆した理由
自国民中心で構成されたローマ軍の強さ、洗練された政治体制、征服した民族の自治性を認める寛容さ、相次ぐ賢帝の出現、多神教による多様な価値観の共存、などなど。

衰亡した理由
異民族の補助軍頼りとなったローマ軍の弱体化、分割統治等に起因する内戦の続発、絶え間ない異民族の侵攻、相次ぐ暴君・愚帝の出現、キリスト教による価値観の固定化、などなど。

しかし、シルクロード交易に着目した議論は、少なくとも私はあまり知らなかったですし、例えばベストセラー「ローマ人の物語」でも触れられていなかったと思います。

当時の交易の様子を記録した史料として、「エリュトラー海案内記」というギリシャ語の文書が残っています。著者は不明ですが、おそらくギリシャのある商人と考えられています。そこから読み取れる交易の実態に着目すると、関税収入がローマ帝国の財政に大きな影響を与えるほどの取引がなされていたのでは、というのが本書の前半の主旨となります。

ローマ帝国がシルクロード交易を行なっていた当時(紀元1世紀〜3世紀頃)の主な国は、西からローマ帝国(およそアウグストゥス帝〜軍人皇帝時代)、ペルシャ(パルティア〜ササン朝)、クシャーナ朝、漢(前漢〜後漢)となります。

そして「エリュトラー海案内記」によると、ローマ帝国が輸出・輸入していた主な交易品は以下となります。

輸出品:ガラス器、葡萄酒、珊瑚
輸入品:乳香、没薬、胡椒、絹

そういえば、日本の正倉院に所蔵されているガラス器の中に、ローマ帝国で製造された可能性があるものがあるという調査結果が公表されていました。ローマ帝国と交易していた中国(漢)から持ち帰られたものなのでしょう。

シルクロードの名の通り、良質な中国産の絹がローマ帝国内で流通していたようであり、中国については、「エリュトラー海案内記」では「ティーナ」、プリニウスの「博物誌」だと「セーレス」と表記されています。「ティーナ」は中国語の「秦」(英語のChinaと同語源)、「セーレス」はギリシャ語の絹(serikos)に由来するそうです。

また、もう一つローマ帝国の輸入品として目を引くのが、胡椒です。胡椒といえばもっと後の大航海時代にヨーロッパ諸国に広まったというイメージがありますが、一般的なローマ人の胡椒の消費量は現代人に匹敵する可能性があるくらい、莫大な量が輸入され手頃な価格で流通していたというのは驚くべきことです。

しかし、中国では漢が滅んで三国時代に突入し、インドではクシャーナ朝が衰微すると、ローマ帝国がシルクロードの交易から得られる収益も次第に減少していきます。そうした状況と、ローマ帝国の東西分裂そして西ローマ帝国滅亡へと向かっていく経緯との関連を論じたが本書の後半となりますが、長くなったので続きは明日とします。


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