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認知の父、心配の母⑦

父が自転車で転倒事故を起こした当日は額からの出血以外には目立った外傷もなく、本人もさほど痛がる様子もなかったから、その夜私はあまり心配はしていなかった。

しかし、翌朝父の顔には目の周りにしっかりとした青あざが浮かんでいたという。
前日に頭を打ち額から出血もあったことから、やはり念のためかかりつけ医に母が連れていき診てもらうことになった。

診察の結果、打撲と額の裂傷くらいで大きな問題はなかったという。
痛み止めと額の傷の化膿止めの軟膏などを処方されたくらいだったのでひとまずはそれで様子をみるしかなかったが、しばらくすると自然に回復したので一安心というところだった。

問題はその後しばらくして、父の定期検診で発覚した。


母からの電話によると、検診の結果は胆石の疑いだった。
もともと高血圧もあり服薬はしてはいたが、肝機能や血糖値の値も高い。

父は市内の総合病院を紹介され、追加の検査を受けることになった。

検査の結果、入院して胆嚢摘出の手術が必要ということだった。

その手術の説明には、医師から息子の私にも同席をするように言われたということで、後日父母と一緒にその総合病院へと出向くことになった。


その総合病院は近隣の市の病院の閉鎖に伴い、広域地区拠点病院として数年前に広大な丘陵を開発してできたばかりの巨大な戦艦か空母のような建物で、エントランスから吹き抜けの天井までは見上げるほどの高さだった。

また、どういう設計思想によるのかは不明だが、Xの字に伸びて広がるような通路は方向感覚がまったくつかめず、病人も連れ添いも、職員たちも目的の場所に行くためには、あらゆる方向からやってくる人の流れに気を付けないと満足に歩くことも困難だった。

エレベーターで上階に昇り、降り立ったフロアはやっと良くある病院らしくなりホッとした。

父の担当医のいる診察室は以外なほど狭く、父母と私、それに私と同年代くらいの医師の4人では息も詰まりそうなほどだった。


医師は淡々とパソコン画面の画像やカルテを見ながら手術の内容やその危険度の低さ、術後の回復の見通しなどを主に話を聞く母へと説明した。

その横で一緒に話を聞いた私は、父の様子も伺っていたが、父は一言も発せずただ黙って聞いていた。

しかし、最後になって
『別にやらなくてもいいんだろう』と言い出した。
父はここまでの検査や説明が他人事のように、自らが手術を受ける必要性をまったく感じていないようだった。

これには母は唖然としていたが次の瞬間、声を大きくした。
『な、何言ってるのお父さん!そのためにこうやって来てるんじゃない!』

『俺は別にどこも悪くない。それを無理やり人を病人みたいに決めつけやがって。病院なんてそうやって儲けようとしてるんだろう!』

医師も父の物言いにカチンときたのか、
『ええ、結構ですよ!それでも最終的に困るのはあなたですからね』と言い
あとは家族で相談するようにということになった。


帰りの車でも父は
『自分の体のことは自分が一番良く分かっている。あんな若造なんかに何が分かるものか』と言っては心配をする母を怒らせた。

『お父さんはまたそんなこと言って!お酒だってあれだけ毎日好きなだけ飲んで、この年齢で大丈夫なわけがないでしょう!』

そう、その後すぐに父は大好きなお酒を飲むこともできなくなったのだった。


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