見出し画像

SS⑨

3年生の先輩の幹部たちが引退する、最後の総会が今でも忘れられない。

それは今まで総会では強面を保ってきた幹部の先輩たちが、公の場で初めてその人本来の姿をさらす場でもあり、それを知っている先輩たちにとっては一年間の労いと共に、絶好のイジリの機会だったのだ。

新入生でサークルに入会してから、幹部の先輩はある意味遠い存在であり、個別に話をすることや個人的に仲良くしてくれる幹部の先輩もいたが、あくまでサークルの公の場では、上下関係の会話に限られていた。

それが最後の総会では、一気に様子が変わった。

まるで小学生の誕生日会のような折り紙の輪っかを繋いで部屋中飾り立て、皆で『お疲れ様』と書いたメッセージを貼りだしたり、その日は最上級生の4年生の先輩方も都合をつけて全員が参加して、先頭に立ってそうした演出の手伝いをしてくれていた。


準備が整うと、入場用に『イノキ・ボンバイエ』が流され、笑顔の幹部全員が、なんとスーツ姿で盛装し部屋へと入ってきた!
僕ら1年生にとっては初めての幹部引退総会だから、先輩たちは皆当日までその具体的な内容は内緒にしていた。
こうしたノリがこのサークルの良いところだと思う。

いつものように会長の挨拶で最後の総会が始まる。
そして内務の先輩は、いつものピリピリとした点呼と違い、ひとりひとりをそれぞれのあだ名や4年生の先輩には『ちゃん付け』で点呼をした。

強面だった内務の先輩が照れ笑いをしながらの愛のある最後の点呼に、呼ばれた女の子たちは涙を流しながら全力で返事をしていた。
中には声をつまらせて返事のできない子もいたが、もう隅の幹部の先輩からの罵声が飛ぶことはなく、皆が『がんばれ~』と言ってその子を温かいまなざしで見守っていた。


一年間僕らにとって怖い存在だった幹部の先輩たちだったが、実は皆とてもお茶目だったり、温かい先輩へとその日を境に変わるのだった。

伝統という目に見えないものを背負う不安や重責。
組織の中でそれぞれの先輩が立場や役目を全うしようとしてきた、そうしたことに気づかされる。

最後に幹部一人ひとりから挨拶の場面では、4年生の先輩がこの時の為にと用意していた渾身のカセットテープで、幹部の一人づつのテーマソングをBGMとして流した。
中には笑点のテーマ曲だったりとあまりにおかしな選曲に、幹部の先輩が『話す内容忘れちゃったじゃねーかよ!』と4年生の先輩へ下剋上のような暴言を吐く場面もあり、いつもの総会とのあまりのギャップに皆が大笑いをしたり大泣きしたりしていた。


その日の夜は幹部の慰労会の飲み会だった。
会場はいつもイベントの打ち上げで、座敷を貸し切りで利用していた中華屋さんだった。
学生相手に嫌な顔ひとつせず、大皿料理はどれも安くてボリュームがあり、特にかに玉は絶品だった。
その代わり飲み物は瓶ビールとウーロン茶のみだったがそれで十分だった。

宴会も中盤になるとそこここでセクションごとの輪ができ、今では禁止だと思うのだが、セクション長だった先輩の掛け声に合わせたグラスビール一気飲み競争や、腕相撲大会など和気あいあいと本当に楽しいお酒の席を過ごした。

飲みたい人も、飲めない人もこの一年を振り返り、幹部の先輩への感謝を伝え、逆に励ましの言葉をかけてもらい、皆で大いに楽しんだ。

宿泊棟に貸布団もあったから、通い組も帰りの電車の心配なくサークル室に戻ってからも一晩中、元幹部となった先輩たちを囲んで語り明かした。

こうやって昔に戻って皆で飲めたら、最高なんだろうと思う。
そう、いつの日かまた。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?