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SS⑩

サークル最後のイベントは卒業生を送り出す『追い出しコンサート』だ。

2年生が辞め、3年生たちはサポートをしてくれるが僕ら1年生にとって、初めて運営主体として行うイベントだった。

問題がいくつかあった。

一つ目は学生会館大ホールが、日程の問題で取れなかったことだ。
先に軽音楽部が予約を入れていた。

例年だとお互いの幹部同士で相談をして日程を調整するのだが、今年はうちの『追いコン』自体開催が危ぶまれていたから、それを待ってもいられない軽音楽部が音響や照明会社のスケジュールを組んで進めていた。
それがたまたま同じ日程だった。

二つ目は卒業生と2年生が一緒に組んでいたバンドの消滅で、卒業生の出演自体が2組だけしか残っていないことだった。
そのうちのひとつは健太郎先輩の弾き語りだった。

三つ目は不慣れな1年生には告知やチケットの準備など、通常のイベントの流れがまだつかめていなかったことだった。

追いコンをやるには学生会館2階の中ホールで、卒業生全員出演、一般客は入れずに身内だけでやる、これしかなかった。


学生会館2階の中ホールはホールとは名ばかりの会議室だった。
音響も照明も業者を入れて行うようなことは必要なかった。

普段学生会館の1階ラウンジで行うデモライブの際と同じ、自前の機材だけでなんとかなりそうだったし、軽音楽部が既に業者をおさえていることからもそうする以外になかった。

卒業生の紅一点まめたん先輩は、1年生の女の子たちと学園祭のノリで即席のコピーバンドを結成をして、これで卒業生全員が出演となった。


追いコン当日、意外な観客が来てくれた。

軽音楽部の3年生、セキさんだ。

最初の出番はまめたん先輩率いるガールズ・ロックバンドだった。

まめたん先輩はベース・ボーカルをとって楽しそうだった。
MCでセキさんに『お前んとこも明日の準備あるのに、あんがとさん!!』と笑顔でやり取りしていた。

セキさんは『コーラル・ブルー』のベーシストで生粋のメタラーだった。
そんないかついセキさんに、小柄なまめたん先輩がお姉さんのように接するのは、さすが肝の据わったまめたん先輩という感じだった。

セキさんは同じ岐阜出身ベーシスト、ヒデナリ先輩を尊敬していた。
それもあって軽音の追いコンの準備の合間にわざわざ彼女を連れて見にきてくれたのだった。

ヒデナリ先輩はセミプロだ。
サークル以外に地元の岐阜で『フリーダム』というバンドを演っていた。
一度岐阜のライブハウスにサークルの皆で見に行ったことがある。

それはブルース・ロックバンドで、楽器店の有名店員のギターボーカルと、ナイト・レンジャーという80年代活躍したアメリカのハードロックバンドの元サポートドラマーという3人編成、圧倒的な演奏と音圧は強烈だった。

同級生ドラマーのウメダ先輩との『アンチ・プラグス』で、ヒデナリ先輩はいかにも重鎮らしく風格のある演奏を聞かせてくれた。

セキさんにも目顔で何かを語り掛けていた。


大トリは元会長の健太郎先輩で、最後の曲は自作の『true mind』だった。

ーオレとお前はここで出会い、ともに育ち、ここで別れる
 本当の心を求めて旅立ち、オレとお前はまた出会う

歌詞の内容はいろいろあっても前を向いて生きていこうという、先輩の人柄そのままの人生の応援歌のようなものだ。
僕らにとってこの曲こそ『フォークソング研究会』だった。

歌の中盤、アコースティックギターの弦が切れ、客席で見ていた僕ら1年生は思わず『あっ!!』と声を上げた。

巻き弦の4弦は完璧に切断したのではなく中途半端に残ってしまっていて、ギターが弾きづらそうだった。

しかし、健太郎先輩はそんなことは問題にしない。

悠々と歌い続けながら、コーラスのつなぎのところまでくると、これまでは見せたことのない力強い表情で、一気にその4弦を引きちぎってみせた!

いつも以上の圧倒的な声で、5本になったギターを懸命にかき鳴らし続け、僕らに必死になにかを伝えようと精一杯のパフォーマンスを見せてくれた。

たまらず僕らはワッとなり、泣き出した。

ーあきらめるな!立ち向かっていけ!!

最後のステージで後輩たちに、そんなメッセージを送ってくれた。

その姿、その表情は今でも胸に残っている。
カッコいいとは、こういうことだと思う。


伝統と変革。

先輩たちが本気で考え、紡いできた伝統と。
これからの後輩たちに、勇気をもって臨んで欲しい変革と。

一年という期間、巡るイベントの数々。
なかには理不尽に思えるものや時代にそぐわないものもあるかもしれない。

そうしたものに正面からぶつかってみるのも
受け入れてみて、考えるのも良いだろう。

正解はないのかもしれない。
だから、手探りでもやってみながら探していこう。

失敗してもいいじゃないか、若さとはそういうものだと思うから。

そう、今もこうして当時のことを振り返ってみるとあらためて思う。

ー 青春とは心の若さだ

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