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コーヒーを発見したのは誰?

現在、世界中で愛飲されているコーヒー。

コーヒーの歴史は古く、またいくつかの起源説が存在します。
有名な話から、驚くような話まで様々です。

ここではそんなコーヒーのルーツをご紹介します。

「エチオピアのヤギ飼い少年カルディ」説

コーヒーのルーツとして最も有名なのが、エチオピアのヤギ飼いの少年カルディの伝説です。

9世紀頃、エチオピアでヤギ飼いをしていたカルディという少年が、飼っていたヤギ(子ヤギとの記述もある)が異常に元気な様子を見つけます。

不思議に思っていると、そのヤギが木になった赤い実(コーヒーノキ)を食べていることを発見しました。

カルディもその実を食べてみると、目が覚めるような効能(コーヒーに含まれるカフェインなどによるきつけ作用)を感じました。

そして修道院に相談を持ちかけ、僧侶たちの修行の共として愛用されるようになりました。

カルディが食べてみた、修道僧が食べてみたなど、説には多少の違いはありますが、9世紀エチオピアのカルディの説として広く知られています。

またカルディの名は、日本ではコーヒーや輸入雑貨の店「カルディ」にそのまま用いられています。

他にもカフェや喫茶店、専門店などにもカルディの名を付けているところは多いですね。

「イランの医師アル・ラーゼル(ラーズィー)」説

9世紀頃、イラン生まれの医師アル・ラーゼル(ラーズィー)もコーヒーに携わった人物として記録が残されています。

ラーゼルは、医学、哲学、化学、錬金術にも精通していました。

医学においては、エタノールの発見者でもあります。
また様々な分野(脳神経外科学、眼科学など)でも貢献し「小児科学の父」とも呼ばれました。

錬金術の分野では、硫酸の研究を行ったことも記録されています。

そんな学者のラーゼルが、自身の著作で「バンカム」について記述しています。

バンカムとは、コーヒーの豆を煮出したもので、コーヒーの発祥時期に修道僧たちに飲まれていたのもバンカムです。

「バン」はコーヒーノキの実のこと。頭が冴える効果からバン!という名が付いたといわれます。

「カム」は"煮出す"という意味です。

当時は焙煎するという工程が編み出されておらず、コーヒー豆を煮て、煮汁を飲んでいました。

カルディ伝説と同時期、偉大な学者によってすでにコーヒーは発見されていたのです。

「イスラム世界の最高学者イブン・スィーナー」

厳密にはラーゼルより確実に後の出来事になりますが、アラブの学者イブン・スィーナーも、バンカムに関する記録を残しています。

イブン・スィーナーは、ラーゼルと並び、アラビア医学の二大巨頭と評されています。

哲学、医学、倫理学の他、政治にも精通し、中年期には現在でいう首相の地位にもつきました。

しかし政治よりも科学分野を追求したいと望んだ彼は、昼は政治、夜は研究や執筆という激務をこなしたといわれます。

彼の残した書籍は幾多ありますが「医学典範」「治癒の書」は有名です。

それらはまた彼によって簡潔に編さんされ「医学詩集」「救いの書」として後年に学生や学者に読まれました。

そんなイブン・スィーナーもバンカムのことを研究し、記録したといわれます。

ラーゼルは865年~925年、イブン・スィーナーは980年~1037年とされるので、直接の関係はないはずですが、少なからずラーゼルのバンカム研究がイブン・スィーナーにも伝わったのではと予想されています。

「イエメンの修道士シェーク・オマール」説

コーヒーを広めた起源説として、イエメンのモカにいた修道士シェーク・オマールの話も言い伝えられています。

シェーク・オマールは神に仕える身でありながら、王女に恋をしてしまい、罪に問われ、町を追いやられます。

オマールはその後、山中で赤い実を見つけ、その効能を発見。
罪を許されて戻った後に修道士たちへ広めました。

オマールのコーヒー発見の説話は、ヨーロッパへコーヒーが伝わった後に創作された話といわれています。

そもそもイエメンの山中にコーヒーノキが自生していなかったとも。

「コーヒーのルーツはモカである」といった狙いがあったのでしょうか。

広めたという功績においては、モカはコーヒーの歴史的にも非常に大きな役目を果たしていますね。

「イエメンのイスラム学者ゲマレディン」説

イエメンの首都アデンにいた学者(修道士ともある)シーク・ゲマレディンがコーヒーを発見したという説もあります。

時期は15世紀なので、発見ではなく広めた功績の話という方が信憑性が高くなります。

ゲマレディンがエチオピアを旅した際、旅先での出会いからコーヒーの効能を知ります(教えられた?)。

その後、戻った彼はコーヒーを修道士たちへ伝えました。

この説では、ゲマレディンがイスラム法学(今でいう法律)にコーヒーを認識させたという後日談もあり、コーヒーの流行に大きく貢献したともいわれます。

「エチオピアの原住民族」説

一方ではコーヒーではなく別のきつけ薬であったなどの説もあります。

エチオピアでは、山地に住む原住民族の間で、古くからコーヒーノキの実が食べられていたという説です。

事実とすれば、確実なルーツといえる話です。

現地の部族はコーヒーノキの実を「ボン」と呼び、煮て食べたり、煮汁を飲んでいたとされます。

ボンの葉で淹れた飲み物は「カティ」と呼ばれます。名前はどこかコーヒーと似ていますね。

(アラビア語でコーヒーを「カフワ」という)

数ある伝説と共に、こうした民族説もあるのが、コーヒーの数あるルーツなのです。

まとめ「コーヒーを発見したのは誰?」

コーヒー発見の伝説、また起源説をご紹介しました。

コーヒーのルーツは西暦900年頃のアラビアかエチオピアで間違いなさそうですが、様々な説が現在も残っています。

特に有名なのは「エチオピアのヤギ飼いカルディ」ですが、実はこれも創作という説もあり、定かではありません。

現実的には、エチオピアの原住民族がすでに知って食べていた説、またイランの医師ラーゼルが「バンカム」として用いていたのは記録にも残される事実なので、信憑性は高いです。

広めたのはオマールやゲマレディンなどの修道士たちであることも事実といえるでしょう。

しかしながら、エピソードとしても神秘的で魅力的なカルディの話が、現在まで最も広く知られているのですね。

今回はこちらの画像をサムネに使わせていただきました。ありがとうございます☕